プロローグ

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プロローグ

「ごめん……離婚してください」 そう言って、彼は離婚届を私に差し出した。 ――彼に逢って私は初めての恋を知ったのに……   彼と付き合ってキスを交わして、男性と初めて迎えた朝。 幸せだった。こんな私でも愛してくれる人がいるんだと……。   程なくして私達は結婚。  二つ上の彼は大人で優しくて仕事ができて大勢の女性にモテて……私には勿体なさ過ぎる旦那様。 そして、一年後。 彼の申し出で私達は離婚した。 今からもう八年も前のことだ―― 三十路を前に、少しセンチメンタルだった時の自分のことを思い出してみた。 胸が弾んでいた当時の気持ちはどんなだったか……けれども、目を閉じ自分の体中を探し回っても、その時の感情は風化――いや、既に石化していて何かを感じとることもできなかった。 この八年間、彼と逢うことはなかった。 きっとこれからも、私達の人生が再び交わることなんてありえない。   もう、彼は過去の人なのだから―― ――って、はずだったのに! 私は自分の目を疑った。 きっとこの人は別人よ!……だって私の知っている彼は、冷静沈着でクールで優しくて仕事ができて誰もが憧れる存在。 なのに―― 今私の目の前にいる彼は、なぜかうさ耳のカチューシャを頭につけ、ヒロインキャラが描かれた派手なTシャツを身に纏い固まっている……私をじっと見つめながら。 ――あー、そうだ! きっと他人の空似というやつだ。この世には自分に似ている人物が三人はいると言うらしいし。 自分の中で妙な解決に至った私は一歩、彼に近づいてみた。 でも本当、ソックリ過ぎ…… 「――い」 「?」 「――伊織?」 …………え……? 唖然とした私は一気に全ての思考が停止。無意識に一歩出た足がまた後ろへと下がっていく。 誰か…… 誰かこの状況を説明してぇ―――!!
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