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部内での噂は、尾ひれ背びれがつき「すぐにでも山科さんと麗子さんは結婚する」だの、「山科さんが取締役に就任するだの」とか、「二人でこの間買収したフランスの会社に海外留学する」だの、色んな噂が聞こえてくる。
噂と言っておきながらも、全て本当のことなのかもしれないけれど。
自分のかなりの落ち込みように、妙ちゃんは会社の人にあらぬ疑いをかけられたらどうしようと心配してくれていたが、私は元々が根暗で表情がない。
だからどれだけ落ち込もうが、他の人からみたら通常運転だった。
それだけは自分を褒めたたえたい。
うちの会社は毎年四月に大幅な人事移動がある。なので三月末のこの時期はてんてこ舞いの忙しさだ。
うちの部からは、伊藤さんと斉藤さんが移動になるようだ。
そしてほぼオマケだが、あの三人組も契約期間が終了する。部長への泣き言を聞いていると、三人それぞれが、今よりずっと規模の小さな会社に派遣されるようだ。
長かった。
そして明日、うちの社の系列会社が運営する旅館で泊まりがけの送別会が行われる。
私はその為の座席表や、くじ引き作り、花束の手配、その他の雑用に追われている。
「内田さん」
山科さんに呼ばれて振り向くと、「このとうもろこしの各地の値段打ってもらってもいい?」と事務的な用事を頼まれた。
「はい、わかりました」
私がそう応えると、そこで会話は終了だ。
二人で過ごしたあの時が幻のようだ。
部屋が汚れても麗子さんに掃除させるわけにはいかないのに、どうして呼んでくれないのだろう。
大きなため息をついて、帰宅する。
帰宅すると珍しく母が迎えに来ず、何だかリビングが騒がしい。
「ただいま」
リビングを開けると、そこには父母の他に侑士さんとそのご両親がいた。
久しぶりに侑士さんを思い出して「ファッ」と変な声が出ると、周りの無責任な大人は拍手で喜んだ。
「優美ちゃん、侑士さんがせっかくきてくれたから、ちょっとお部屋でお話ししてきて」
母のその一言ともに、私と侑士さんは無情にもリビングを追い出された。夜ご飯、まだ食べてないのに。
とにかく失礼のないように、取り敢えず自室まで連れて来た。漫画があれば侑士さんも喜ぶと思ったからだ。
二人で暫く漫画の話をした。もちろん私の部屋には普通の漫画も沢山ある。母親が卒倒しそうなものは、クローゼットの奥に隠してあるのだ。
30分ぐらいたち、そろそろリビングに戻ってもいいかとタイミングを見計らっていると、部屋の外から声がする。
「優美ちゃん、妙ちゃんと夢ちゃん来たわよ。二人にも侑士さん紹介してね」
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