レンタル・デビル

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 胃の中に入れた流動食同然の物体すら吐き出しそうな気分でタイムカードを切ると、パンチパーマに派手なスーツのちょっとカタギとは思えない主任に声をかけられた。横にはきっちりとリクルートスーツを着込んだ愛想の良さそうなショートボブに眼鏡の若い女性が立っている。 「おい丸井(まるい)、今日入った新人の渥馬(あくま)だ。お前が教育しろ」 「え、ぼ、僕がですか?」  愕然としている僕を見て主任が顔を顰めて吐き捨てるように続ける。 「成績良い他の連中に新人教育なんぞやらせてあいつらの成績が下がってみろ? 俺が課長にどやされんだよ! その点お前は営業実績はゼロ。そのくせ一応は三ヶ月続いてるベテランでもあるからな。給料泥棒のお前でも基本的なルールや手続きを新人に教えるくらいなら出来んだろ?」 「……はい……ありがとうございます」  給料泥棒。そんな言い方しなくてもとは思うが、確かに僕はまだこの会社にびた一文貢献していないのに最低ラインとはいえ欠かさず月給を貰っているわけだから否定もしにくい。 「今日から飛び込みやらせて構わねえ。ビシバシしごけよ」 「わ、わかりました」  肩を怒らせて去っていく主任の背を見送って渥馬さんへ向き直る。ひとの良さそうな、それでいて律儀そうな雰囲気のひとだ。こんな過酷な環境でやっていけるんだろうか……。 「よろしくお願いします丸井先輩」  彼女は薄い笑顔でふかぶかとお辞儀をした。 「あ、ああ、よろしくね渥馬さん」  心配していても仕方がない。どうせやるしかないのだから。僕も、彼女も。  半日かけて仕事の概要や主な手続きを説明し、午後から営業に出る。  聞けば彼女は前職も営業だったそうで、飲み込みも早いし自分からやらせてくれと言ってきたので、僕は彼女に任せて後ろについて見守ることにした。  ヤバくなったら僕が割って入って謝ろう。自分の理解不足や失敗で怒られることを思えば後輩を守るために怒られるくらいなんでもないさ。  しかし結果から言えば僕の出番はまったくなかった。  彼女は訪問先での挨拶から商品説明まで完璧にこなし、お客様の機微を的確に感じ取って地雷を回避し、巧みな雑談や必要であればの匂わせまで使いこなして初日から二軒の契約を獲得し三軒の再訪問予定を入れてきたのだ。 「いやあ……凄いね、渥馬さん」  営業職として必要以上に仕事をするのは良くないという彼女の意見を汲んで、僕らは定時までの時間を潰すべく公園のベンチで缶コーヒーを飲んでいた。  正直なところ、彼女が無事初日から契約を獲得できた喜びより、三ヶ月ここに居ながら初日の彼女以下になってしまった自分への失望のほうが遥かに大きい。  自分でもわかるほど上手く笑顔が作れない。  彼女はそんな僕の顔を見て笑顔で言った。 「貸しましょうか?」  え? と、声を漏らして彼女の顔をマジマジと見る。 「実はそのためにここにいるんですよね私。あなたに営業かけにきました」
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