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天馬は頭の中が真っ白になっていた。
おそらく同時に顔面も蒼白になって居たのだろう。
女性から顔色が悪いが具合でも悪いのか?と問われたが、天馬はその問いかけに「いや、そんな事は・・・」としどろもどろな対応をするのがやっとだった。
それもそのはずだ。崇矢からストーカーなどという言葉を聞かされ、もう会う事はないと思っていた女性と、こうして偶然出会ってしまったのだから。
言葉を発せずに俯いている天馬に女性は「私のこと覚えてますか?」と問いかけた。
天馬はもちろん覚えてますよ!と口を開きたかったが、あまりの恐怖に言葉が出てこない。
いつまでも覚えていると言ってくれない天馬。
そんな天馬に若干の苛立ちを感じているのだろうか。
先ほどまで笑顔だった女性の表情が、徐々に笑顔から真顔に変わっていく。
ここですぐに覚えていると伝えなければ、もしかしたら奇声を発して暴れられたりするかもしれない。
ドラマやニュース、漫画でよくある話だ。
さらに天馬の頭の中では、女性に殺され「財布をわざわざ届けに行ったのに私のことを覚えていなかったから、カッとなって殺した」とニュースで報道される映像が浮かび上がっていた。
考えすぎだと人は馬鹿にするだろうが、天馬はそれほどに恐怖していた。
そんな事態は避けたい。天馬は必死に掠れた声で
「も、もちろん覚えてますよ
昨日財布を届けに来てくれた方ですよね?
忘れる訳ないですよ
その節は本当にお世話になりました」
いささか丁寧過ぎかとも思った天馬であったが、これで覚えているというのは伝わったはずだ。
天馬は恐る恐るお辞儀をしている頭をあげて、女性の表情を確認する。
すると、先ほどまで真顔だった女性の表情とはうってわかって満面の笑みだった。
「よかったぁ♫忘れたなんて言われたら
どうしようかとおもいましたよ
覚えていてくれて嬉しいです♫」
忘れたなんて言われたという女性の言葉に一抹の不安を感じた天馬だったが
笑顔になってくれただけ良しとしようと天馬は心の底から安堵した。
「そう言えば
自己紹介がまだでしたね」
女性は満面の笑みで自分の名前を語り出した。
「私の名前は「柊美琴」
天馬くんと同じ20歳です♫
気軽に美琴って呼んでくださいね♫」
20歳ですという美琴の言葉はさらに天馬を恐怖のどん底に叩き落とした。
ただの20歳!ではなく、天馬と同じ!とわざわざ付け加えるという事は、免許証を見た際に年齢を覚えていたという事になる。
そもそも美琴は天馬くんと背後から声をかけている。
ようは名前もすでに把握しているという事だ。
これならば、住所まで控えられている可能性はおおいにある。崇矢の話もあながち、ただの取り越し苦労では無いのかもしれない。
そんな恐怖が天馬を蝕んでいた。
そんな天馬の不安などお構いなしといった様子で美琴は語り掛ける。
「天馬くんは夕飯の買い出しか何かですか?」
「はい・・・そうなんですよ」
「そうなんですね♫私もなんです」
「こんな偶然もあるんですね。あはは」
天馬は、はにかんだ顔で答える。
すると美琴は一呼吸おいて「本当に偶然だと思いますか?」とつぶやく。
「え・・・」天馬は予想外の美琴の発言に言葉を失う。
天馬が黙っていると美琴が「天馬くんの事を待ってたって言ったらどうします?」と畳み掛けるように言葉をつなげた。
待っていた?もしかしたら本当にストーキングされていたのか?そんな恐怖で目の前が真っ暗になる感覚に苛まれる。すると美琴は
「なんてね♫冗談ですよ♫
本当にただの偶然です♫
もぅ、そんな泣きそうな顔しないで♫ね?」
そんな冗談笑える訳ないだろ!と文句を言いたかった天馬であったが、そんな事を言えば何をされるかわかったものでないた為
「あはは・・・」と笑って誤魔化す事しか出来なかった。
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