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大学に入学してひと月ほど経った、土曜日の晩。
別宮凱は、掛け持ちしている二件のアルバイトを終えて帰宅すると、シャワーを浴びてベッドに寝転んだ。
同居人の五十嵐恵多はまだ仕事中である。
勤務地が変わっても休日出勤は当たり前。筋金入りのワーカホリックだ。
あの男と一緒に暮らしていると、働き過ぎのお父さんを心配する家族のような心境になる。
スマホを触りながら、明日は何時に帰って来るのか、まさか寝ないで日曜も働く気では、などと考えていたら、『明日の早朝には帰れると思う』とメッセージが入った。
安堵して、『無理するなよ』と返すと、『ありがとう』と返信がきた。『頑張れ』と送ったらガッツポーズのスタンプが送られてきた。
次の瞬間、着信の画面に切り替わったので即座に通話ボタンを押す。
『もしもし?お孫ちゃん?私よ。東雲』
「…」
画面には『赤眼鏡』と表示されている。
電話を寄越したのは五十嵐恵多ではなかったようだ。
『ちょっと?聞こえてる?』
「ああ」
凱はスマホを耳に当てた。
『ねぇ。五十嵐くんはいま近くにいるの?』
「いや。恵は帰ってない。今日は泊まり込みになるらしい」
『そっ。よかったわ。じゃあ電話代わるわね』
「は?」
『もしもし』
耳触りのいい男の声が聞こえてきた。
『こんばんは、山口です』
山口。
山口海渡。
五十嵐恵多に最も近い男だ。
恵多が凱より先にアッチのことを相談し、恵多にあれこれ指南した男。
「…」
まぁいい。
聞けば恵多は口頭で説明を受けただけだというし、結果、この男のアドバイスが本番で役立ったのは事実だ。
『お孫さん、今から少し出て来れるかな?実はマンションの前まで来てるんだ』
「?」
恵多に会いに来たのではないのか?
一体、凱に何の用があるというのだろう。
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