番外編の番外編 五十嵐には言えない話 1st mission 潜入!安房国

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「いや、まだ起きてた。もう仕事終わったのか?」  凱は落ち着き払った声で五十嵐に…というかインターホンに向かって返答している。  山口はそっと凱の横顔を窺った。  相変わらずのポーカーフェイスだ。  内心はまったく読み取れない。 『うん。予定より早く終わって帰って来たんだけど…ごめん、今朝、僕が玄関に家の鍵を置き忘れてたって、君が連絡くれてたじゃない?そのことを僕、完全に忘れてて…たった今思い出した』  申し訳なさそうに告げる五十嵐の声に、凱が小さく笑う。 「そうだったな。俺も忘れてた」  凱の柔らかい微笑みに、山口は目を見開いた。  …へぇ。五十嵐にはこんな顔をするのか。 「今、ロック解除した。上がってきたらまた鳴らしてくれ。玄関開けるから」 『ありがとう』  インターホン越しの会話が終了すると、荒井が焦り出した。 「ヤベーっすよっ。五十嵐さんが上がってきたら、この状況、何て言い訳したらいいんすかっ」  うおお、と頭を抱える。  確かに。  この、明らかに不自然な状況を五十嵐にどう説明すればいいのか。  特に山口は、わざわざ当の本人に不在を確認した上で、黙って上がり込んでいる。  東雲と荒井が関東に遊びに来ていること自体、五十嵐に知らせていないのだ。 「大地っ、今すぐ私達三人の靴取ってきてちょうだいっ」  東雲が玄関を指差した。 「へっ?何で?」 「いいから早くっ。山口は上着と荷物っ」  東雲が凱を見上げる。 「どうしよう。ベランダに出たらいい?」 「…いや。俺の部屋に隠れててくれ」  東雲の意図を察した凱は自室の扉を開き、皆が飲み干したマグカップをシンクに運んだ。  三人は荷物や靴を抱えて、凱の部屋になだれ込む。  各々がぴたりと壁に張り付き、微かに開いたドアの隙間から聞こえてくる音に耳をそばだてた。  チャイムが鳴った。  凱が玄関に五十嵐を出迎えに行く。 「おかえり。お疲れさん」 「ありがとう。ただいま」 「恵?…大丈夫か?顔色が悪い」  凱の声のトーンが落ちる。 「大丈夫だよ。ずっと同じ姿勢で作業してたから肩が凝って、ちょっと頭痛がするだけ」 「…あんま無理すんな。ブラウンのおっさんからも根詰めるなって言われてるだろ。風呂沸いてるから、飯食って、ゆっくり浸かれ」  その時、荒井がひそひそと東雲に話しかけた。 「(お孫さん『ブラウン』のRの発音がやたらいいっすねぇ)」 「(しーっ、静かにっ)」  山口は外の気配を窺ったが、五十嵐には気付かれていないようだ。 「晩ご飯はちゃんと食べたから大丈夫。そうだな。お言葉に甘えてお風呂に入ろうかな」 「あーと、恵。今日、急な来客があって、三人ほど勝手に家にあげた。…悪い」 「ああ、そんなの全然気にしなくていいよ。いつでも自由に遊びに来て貰って。大学の友達?」 「…いや」 「アルバイト関係の人かな?」 「…まぁ、そんなとこだ。コーヒー淹れるか?」 「あっ、飲みたい。お風呂上がった後でもいい?」 「分かった。荷物と上着、こっちに寄越せ。あんたの部屋に運んどく」 「ありがとう」  五十嵐は風呂に向かったようだ。  山口が小さく息をつくと、東雲が背中をつついた。 「(何ですか)」 「(ちょっとこれみてちょうだい。お孫ちゃんのコンドーム、凄くない?)」  荒井が振り返る。 「(うわっ。何このサイズっ。やっぱめちゃくちゃデカいんじゃんっ)」 「(東雲さん、これはどこから?)」 「(ベッドよ。ヘッドボードの引き出し)」 「(は?ひとんちの引き出しを勝手に開けたんですか?あんたそのうち捕まりますよ)」  そう言って、山口はチラリとパッケージを確認した。 「(あ、これ俺の愛用してるシリーズだ。ふぅん。サイズは五十嵐と同じか…)」 「(あら。五十嵐くんがすすめたのかしら。サイズが同じなら貸し借り出来て便利ねぇ)」 「(マジかぁ。二人とも、ハイスペックが過ぎるっす)」  東雲が箱を開けようとする。 「(こら。中身を検めない。とにかく、これはすぐ戻してきてください)」  山口が指示すると、東雲はしぶしぶコンドームを元に戻した。  …そうか。なるほどな。  二人の間では、そういう男同士の話も出来てるってことだ。  彼は若いけどヤリチン…経験豊富らしいし、五十嵐の相談に乗ってもらえるなら安心だ。  山口がホッとした瞬間、外側から扉が大きく開かれた。 「「「(!!!)」」」  三人共、すんでのところで叫び声を上げそうになり、何とか留まる。  凱がじっと東雲を見下ろした。  東雲が無言で頷く。 「(野郎ども、ずらかるわよ)」  凱を先頭にして、抜き足差し足忍び足で三人は玄関へ向かう。  風呂の中から、恵多の歌声が聞こえてきた。  小さいがよく通るファルセットで、アメイジング・グレイスを口ずさんでいる。  圧倒的な美しさに三人揃って足を止め、うっかり聴き入っていると、凱が皆を振り返った。  無言の圧で急かされ、三人は靴を手にもったまま、玄関を出る。  凱も外へ出て、後手にドアを閉めた。  よし。  脱出成功。  山口は静かに胸を撫で下ろした。
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