7th contact Zero Gravity

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 今バイト終わった、と凱からメッセージが届いた。  さっそく電話して「東京に来れないか」と訊ねてみたところ、夕方には出て来れるという。 「どこで待ち合わせする?」  山口に問うと、荒井が「ハイッ」と手を上げる。 「いっぺんやってみたかったんす!」  という荒井たっての希望で渋谷のハチ公前で待ち合わせすることになり、凱は約束の午後四時きっかりに姿を現した。 「あら、来たわよ」  東雲が凱を指差す。  目立つ。  物凄く目立つ。  人混みの中をただ静かに歩いているだけなのに、圧倒的なビジュアルと全身に纏った強めのオーラのせいで、やたらと人目を惹いている。  たくさんの視線を引き連れて、凱はゆったりとこちらへ向かってきた。 「よぉ。久しぶりだな」  凱が皆に声を掛けると、山口が「ホント久しぶり!」と右手を差し出した。  凱の右手を強引に握り、「会いたかったよー!」とニコニコ笑う。  山口のテンションが妙に高いのが少し気になったが、こんなにも喜んでくれるなら来てもらえてよかった。 「急に呼び出してごめんね」  そう言うと、凱が「問題ない」というように小さく首を振り、恵多を見下ろした。  アッシュブラウンの瞳に優しい光が宿る。  恵多の胸がトクンと鳴った。 「これからどこ行くんだ?」 「えーとね。東雲さんと荒井くんは、一番行きたかったところには昨日行けたんだって。今日も皆であちこち回ったし、今から君の行きたいところに行こうって話になってて」 「俺の?」 「うん。君が御茶ノ水に行きたいって言ってた話をしたら、二人とも行ってみたいって」 「あー…。けど山口は?楽器屋行っても退屈しないか?」  すると、山口が口を開く。 「俺、八十八鍵のキーボード買おうかなって思ってて。ピアノしか弾いたことないからよく分からないんだけど、タッチとか音色とか、機種ごとに癖あるし弾いてみた方がいいってこいつが言うから」  山口が恵多を指差すと、凱が頷いた。 「恵の言う通りだ。好みもあるし、実物触るのが一番だな」 「じゃあ決まりね。さ、行きましょ」  東雲の音頭で一同は御茶ノ水に移動した。  幾つか楽器店を回り、ひときわ大きな店舗へ足を踏み入れる。 「凄い品揃えだわぁ」  東雲が感心しながら店内を見て回る。 「あら、フィドルはこのフロアにはないのね」 「おっ、試奏用のブースがあるっ」  荒井はドラムセットが並ぶ一角に目を走らせる。  ビンテージのギターコーナーで凱が立ち止まり、壁面に並ぶギターをじっとみつめる。  皆の気持ちが浮き足立つ様子をみて、恵多は提案した。 「ね。しばらく自由行動にしない?それぞれじっくりみたいものもあるでしょ?三十分後にここに集合でどうかな?」 「いいわね。なら私、上のフロアに行ってくるわ」 「いいすか?俺ちょっとドラム叩かせてもらってきますっ」  二人はあっという間に散開した。 「恵はどうするんだ?」  凱が訊ねる。 「僕は山口とキーボードを見に行くよ。君はギターをみたいでしょ?」 「あー、そうだな。後で合流するか」 「うん」  山口は恵多とあれこれ鍵盤楽器を試奏して回り、合流した凱の意見も取り入れて、キーボードとキーボードスタンド、椅子の購入を決めて配送を頼んだ。  三十分後。  一旦集合したものの、皆の顔をみると、まだまだ去り難いようだ。  恵多の提案で幾度か解散と集合を繰り返し、気付けば閉店間際になっていた。 「楽器屋さん巡り、楽しいね。今日はちょっと時間が足りなかったけど」  恵多が凱を見上げると、凱が片眉をあげる。 「たまには来るか?」 「うん」 恵多が頷くと、凱が微笑んだ。  じっとみつめられると、胸がドキドキする。 「お孫さん、五十嵐には優しい顔するよねぇ」  山口が呟く。 「あれっ?東雲さん、何勝手に動画撮ってんすか」  荒井の声に皆が振り向くと、東雲は恵多にスマホのカメラを向けていた。 「秋田ちゃんに頼ま…じゃなかった、旅の思い出に撮ってるだけよ。何か文句ある?」 「じゃあ俺の動画も撮ってよ」 「何で私が大地の動画撮らなきゃなんないのよ。スマホの容量勿体ないからパス」 「ひ、ひどいっ。五十嵐さん、今の聞きました?」 「静止画でいいから、皆で写真撮りたいよね」  恵多のひとことで何故か楽器店の前で記念撮影を行うことになり、その後一同は山口のアテンドで移動を開始した。  休日の東京は、どこも人が多い。  人波に呑まれそうになるたび凱がさりげなく恵多の手を握るから、恵多は終始赤面したまま動機と息切れに悩まされた。
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