7th contact Zero Gravity

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「参ったな」  呟いて、山口がスマホから耳を離した。  先程から何軒となく馴染みの飲食店に電話を掛けてくれているが、あいにくどこも満席のようだ。  仕方ない。人で溢れかえったゴールデンウイークの真っ只中。しかも夕飯時ときている。 「山口。私達、別にお洒落なレストランじゃなくていいのよ」  東雲が山口を見上げると、「そっすよ。ハンバーガーでも立ち食いうどんでも何でもいっすからね」と荒井が頷く。 「そうだよ。僕らはお腹が膨れたらいいんだから」  恵多が二人に同意すると、「うーん」と山口が無念そうに唸る。 「折角だから美味いもん食って欲しいんだよなぁ」 「店が満席なら、テイクアウトするか?」  凱の提案に、山口が親指を立てた。 「そっか。そうしよう」  山口は即座に電話を掛けて五人前の高級焼肉弁当を頼み、通りに出てタクシーを拾った。 「かんぱぁーい」  東雲の声が弾んでいる。 「かんぱぁーい」  荒井が真似をして、東雲に小突かれる。  山口が冷蔵庫から出してきた缶ビールで乾杯し、皆は一斉にプルトップを開けて喉を潤した。  凱だけがひとりペットボトルの炭酸水を飲んでいる。  この広々したリビングと、缶ビール。  …懐かしいな。  以前は飲み会のあと呑み直しと称して缶ビールを買い込み、ここであれこれ話しながら二人でよく呑んだ。  山口のマンションで呑むのはマライカファクトリーへの異動を打ち明けたあの日以来かもしれない。  あれからまだ一年も経っていないのに、何だか遠い昔のように感じる。  …それは多分…。  凱を見上げると、何だ?と不思議そうに見下ろされる。  何でもない、と笑って、恵多は焼肉弁当を頬張った。  凱に出会って、世界が変わったせいだ。  いつもどこか張り詰めていた恵多の心は、凱に触れて柔らかく解け、目に映る世界は鮮やかに色を変えた。  だからほら。  ビールの味さえも格別になる。  あー。  いい気分だなぁ。 「恵。呑み過ぎだ」  アッシュブラウンの瞳が、心配そうに恵を見下ろしている。 「あれ?ほんと?」  気付けば目の前にビールの空き缶が並んでいた。 「酒はもうお終いだ」  凱がビールの缶を取り上げる。 「かわりにこれ飲んどけ」 「はぁい」  恵多は手渡されたペットボトルの炭酸水を、ごくごくと飲み干した。  東雲と荒井は酔っ払ってソファで寝てしまっている。  恵多はよろめかないようゆっくりと立ち上がり、甲斐甲斐しく二人に綿毛布を掛けてやっている山口に声を掛けた。 「僕たちそろそろ帰るよ」 「え?もう遅いじゃないか。うちに泊まっていけば?」  山口の申し出は有り難かったが、明日は午後から寮の親睦会がある。  名残惜しいがお暇することにした。 「恵。大丈夫か?」  歩いて駅へ向かう途中、凱が恵多の顔を覗き込む。 「うん?…うん」  足取りが危ういのを心配してくれているのだろう。 「ちょっと…いつもより地面が斜めになってるけど、大丈夫」 「いや、それ大丈夫じゃないやつだろ」  その時、目の前で空が光った。  酔っぱらって目がおかしくなったのかと思ったが、違ったようだ。  大きな稲光だったらしく、続いてバリバリと夜空が割れたかのような雷鳴が轟く。  突然、ザァッとシャワーのように大粒の雨が降ってきた。  呆然と空を見上げる恵多の腕を、凱が掴んだ。 「屋根の下に入るぞ」  必死に走って軒下に避難したが、二人とも全身ずぶ濡れになってしまった。 「…これじゃ電車に乗れないね」  見上げると、美しいアッシュブラウンの髪からポタポタと水滴が落ちている。  うわ…。綺麗だなぁ…。  恵多は思わず凱に見惚れた。 「恵、こっちだ」  ぐい、と凱に腕を引かれる。 「えっ」  凱はずんずん裏通りに向かって歩いていく。 「そ、そっち、駅じゃないよ」  しばらく裏通りを歩き、凱は足を止めた。 「よし、空いてるな。入るぞ」 「えっ?」  ここに?  目の前にある、うさぎの形を模した白とピンクの看板を恵多はみつめた。  …『らびっと』さんだ。 「恵。ここは『らびっと』じゃない、ラブホだ」  えっ?  らぶっほ?  首を傾げている間に腕を取られ、恵多は引きずられるようにピンク色の建物の中に入っていった。
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