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「良かった。綾香が幸せそうで。」
2人が乗った車を見送りながら未来が呟くと、王が言った。
「キョウ ワラッテイルミキサン タクサンミタ ウレシカッタ。」
王の言葉に、反応に困ってしまった未来は、見えなくなった車から視線を動かすことが出来ないまま、口を開いた。
「さっき話していた、王くん再見会、楽しみにしてる。」
「教えてもらっても、やっぱり上手く発音出来ないね。」
帰国する王のために送別会をしようという話になったのだが、送別と言うと寂しい感じがするので、またねと言う意味を込めて『再見会』となったのだ。
「ボクモ タノシミシテマス。」
突っ立ったままの未来の顔を一瞬覗き込んでから、王は未来の前を横切り、そんな王の階段を上がる足音を聴きながら、未来は事務所の引き戸を開けた。
未来は、ふうっと一度息をしてから、パソコンを開いて、今日打ち合わせした内容を見返し始めた。
すると、外に人影が見えて、その手を止めた。
すりガラスの向こうを、通り過ぎて行く人影なら気にしないが、明らかに行ったり来たりしている様子は、気味が悪い。
そして未来が身構えると同時に、事務所のブザーが鳴らされた。
すぐに動くことが出来ずにいた未来に聞こえてきたのは、意外にも、すみませんと言う若い女性の声だった。
それでも、すぐに戸を開ける気にはなれなくて、未来はとりあえず返事をしてみることにした。
「何かご用でしょうか?」
「突然すみません。私、国際大学4年の白石美優と言います。あの…王くんはいますか?」
全く予想していなかった言葉に驚いた未来が戸を開けると、そこには緊張した様子で、小柄のかわいらしい女性が立っていた。
「王くんの部屋は2階です。大学のお友達?」
すると少し驚いた顔をして、何か言いたそうに開きかけた口を閉じて、俯いてしまった。
そして困った未来が、あの…と言うのと同時に、そのままの姿勢で絞り出すようにして、美優は言った。
「一緒に住んでいるのかと。さっき2人でいるのを見かけて。それに、あの、学園祭の時だって。」
盛大な勘違いをされて未来が唖然としていると、今にも泣きそうな顔を上げて、美優は言った。
「私はたまに講義が一緒になるだけで、友達とも言えません。でも、さっき2人でいるのを見たら居ても立ってもいられなくて。それで…。」
「王くんと私はお友達です。王くんに話があるなら部屋に行ってみたら…」
と未来が言い終わらないうちに、白石が叫んだ。
「でも、さっきキスしてましたよねっ?」
あまりのことに声も出ないまま未来が驚いていると、突然、低い声が聞こえてきた。
「誰と誰が、キスをしていたって?」
向き合ったままの2人が、声のした方を振り向くと、そこにいたのは傘をさして立つ、青島だった。
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