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船の中、そして上海上陸
ホテルで昼食をとり、船が出航するまでお茶をしていた。
今まで水か日本茶しか飲んだことがない私に色々と教えてくれた
「これがコーヒー、目がよくさめる。西洋人はみな朝にこれを飲む。好みでブラック、そのままで飲むのもおいしいし、胃に負担をかけたくないときは牛乳を少しいれるといい。カフェラテともいうよ。
あと、これは紅茶といって日本茶とほぼ同じ工程で作られているが茶葉の発酵や工程具合が日本茶と異なる。味も。西洋人向けなのでこれもミルクやはちみつをいれると美味しいんだ」
「ふうん、そしたらカフェラテ、飲んでみようかな」
「飲んでごらん」
「あ、おいしい!これならおやつはいらない!」
「はは、西洋人はこれにケーキを食べたりするんだよ、きっと君の産みの親は白系ロシア人か、はたまたどこかの西洋人だったのだろう。きっと事情があってキミは遊郭で過ごす人生になってしまったんだろうね。」
「そうかなぁ。でも私、少しだけ記憶はあるのは白いレース、お父ちゃんとお母ちゃんらしき人は私をみて笑ってたかな。それから人さらいにあって覚えてない・・・」
「キミは売られてきたんじゃないのか?」
「うん、遊郭のババアにはそう言われて禿の時から育ったし、ああ、私は捨てられたのかとか思うしかなかった。心を無にしないとあそこでは働けなかったけど、私はどうしても許せない事があると暴れてしまって」
「いや、意見をはっきり言う事はこれから君の人生において非常に大事になる。」
「そうなのか?日本人はだまってるのが美徳らしいけどね」
「キミがこれから生きるのは世界の上海だ。大陸だ。そしてフランス人貴族の娘となるのだ。毅然とした、そして暴れず、正論を論破するのだよ。そうすると相手は文句すらいえないくらいにもなる。」
「できるようになるかなぁ」
「なれるさ」
「僕もこうやって話ができるコがいなかったからなんだか久しぶりにうれしいよ。関東軍の奴らはみな上官や自分たちの組織のコトしか考えていない。自分のことしか考えていないような奴らにぼくの祖国である大陸をまかしてはいられないのだ。」
「良輔さんの、あの、女性の名前はなんていうの?」
「いくつかあるよ」
「え、いくつかって?そんなにあるのかよ」
「日本名は川島芳子。清王朝での名前は愛新覚羅顯㺭(けんし)、関東軍の中では僕のコトを金璧輝と呼ぶやつもいる」
「芳子っていうんだね」
「そうさ。僕はもともと普通に育っていたら芳子のままだったんだが、一度結婚させられたけど、夫の親族となじめず3年で離婚してしまった。ボクが逃げ出す形で。夫は僕のコトを愛してくれていたんだけど、再婚して幸せならそれでいい」
「芳子さんも色々あったんだな」
「人生、普通の人なんていないんだよ。誰だって心のどこかに隠して。
特に日本人は普通であることを装っているから。」
それから出航時間になり見事、偽装旅券で出国でき
船に乗り込んだ。
大きな鉄の塊なのか?と霞澄姫はおどろくばかり。
川島氏は巻煙草をふかしている。
上海まで4日半ほど。
初めての豪華客船はちょっと霞澄姫、もとい、ジャンヌにはきびしかったようで、船酔いをしては休みの繰り返し。
船の中でも川島氏にフランス語を少し教わったり、食事の作法や、西洋の食器や大陸の料理、お茶についても教えてもらった。
もうすぐで上海
船からものすごくきらびやかな夜景がみえてくる。
横浜でもなく、東京でもない。
異様な光景
下船するときには、秘書の小方(おがた)さんが車を待機させ、川島夫妻を待ち構えていた。
「ああ、小方、ありがとう」
「お疲れ様でございました。では、このままフランス人居住区にむかってよろしいのですか?」
「ああ、頼む。書類もすべて整っているだろう?」
「はい、問題なく」
「ならば向かってくれ。ことは早いほうがいい。戦況は悪化するばかりだからできることは早めにすませたい」
「かしこまりました」
霞澄姫は何も言わず洋装のまま、帽子で顔を隠しだまったまま車にのり、フランス領事館へ旅立ったのでした。
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