江戸川乱歩の長編の児童向けリライトが定着

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 最初の頃を覚えているだろう。  ポプラ社編集部の秋山憲司が、「探偵王」連載中の『黄金仮面』を単行本化したいと乱歩邸を訪問したときには、門前払いの扱いだった。  秋山憲司は、『本格推理マガジン 少年探偵王』(監修・鮎川哲也 編集長・芦辺拓 2002 光文社文庫)に寄せた「回想の乱歩・洋一郎・峯太郎」で次のように述べる。 <つづいて二十八年に「少年少女 譚海」に『人間豹』の連載が始まったが、これも出してよいということになった。こうして何度も会っているうちに、新しい企画の「世界名作探偵文庫」に入れる翻訳の原稿、『海底の黄金』(原作ボアゴベイ)、『暗黒街の恐怖』(原作マッカレー)などもくれるようになった。さらに大人向きの探偵小説を子供向きにリライトした『呪いの指紋』『赤い妖虫』なども次々にもらえるようになった>  なお秋山は曖昧に書いているが、要は、誰かが書いた児童向けリライトを「江戸川乱歩」の名義で出版して構わないという意味である。「少年探偵団」シリーズ以外の少年物で、乱歩自身が執筆した作品は皆無である。 <この冊数が次第に増えてきたので三十二年十月から「名探偵明智小五郎文庫」というシーズ名で、装幀も新しくして光文社の「怪人二十面相シリーズ」に対抗した。冊数が増えるに従って売れ行きはますます好調になった。乱歩も「君のところもよく売れるようになったな」と大変喜んでくれた>  ポプラ社にとっては、乱歩の通俗長編を代作者に頼んで、表現を分かりやすくし、エログロのシーンを和らげ、さらに必ず「少年探偵団」シリーズでお馴染みの明智小五郎、小林少年、中村警部が登場するよう書き直してもらうだけでバンバン売れるのだから非常に楽だったはずである。  そして乱歩にとっては、自分が何もしなくても莫大な印税が入ってくるのだから、まさに笑いの止まらない話だったろう。  代作者が貰えるのは執筆料だけで、著作権は乱歩にあったからである。  乱歩の晩年、ポプラ社の蜜月はますます濃いものとなっていった。  前述した通り、1961年以降、光文社からは「少年探偵・江戸川乱歩全集」が出版されなくなったため、秋山がポプラ社で出版出来ないかと持ちかけた。  乱歩は自分で光文社の神吉に問い合わせ、「ポプラ社に版権を譲渡してもよい」と返事を貰った。 <そのために昭和三十九年七月から「怪人二十面相シリーズはポプラ社から再出発することになった。それから四十年近く経った現在でも、書店の棚に並び、子供たちに読み継がれているのである。ポプラ社にとっては、永年の思いが叶えられたのだから、こんなに嬉しいことはなかった>      
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