ポプラ社版『人間豹』『大暗室』の作者

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 なお『江戸川乱歩執筆年譜』では前書きにあたる「探偵小説四十三年」で『大暗室』について、編集にあたった中相作氏が、次の通り記している。 <つづいて、少年物の代作について記しておく。いずれも乱歩の長編や一部の短編を少年向けに書き替えた作品で、昭和三十一年に刊行されたポプラ社版『大暗室』の「はじめに」には、乱歩によって次のように書き替えの要領が述べられ、珍しいことに代作者の存在が明らかにされている。 「はじめに  この『大暗室』の原作は、おとなの小説として書いたので、少年読物としては不適当なところが多かったのだが、少年雑誌で、これを少年向けの小説になおして発表したいとの希望があり、友人武田武彦君におねがいして、少年むきに書きなおしてもらったのである。お話のすじは、だいたいそのままにして、残酷な個所をけずり、冒険的な部分だけをのこし、原作には出ていない少年少女を登場させるなど、少年読物として面白いものに書きあらためて、少年雑誌に連載したものである。  こんど、これを一冊の本にして出すについて、ひとこと、この小説のなりたちをしるし、筆者武田武彦君の労を謝するものである。                          江戸川乱歩」 ところが、武田武彦氏にお聞きしたところ、「大暗室」の代作者は故・氷川瓏氏であった旨のお答えをいただいた。武田さんが手がけられた刊本の代作は「黄金仮面」一作のみで、「ほかのポプラ社のものはすべて氷川君」という。乱歩の手書き目録に記録された代作社名も「大暗室」以外は武田さんの証言に符合するため、手書き目録に挙げられていないポプラ社出版作品の代作者もすべて氷川瓏と見做した。  これらの書き替え作品は少年雑誌に連載されてから単行本として刊行されているが、本書では刊本だけを記載の対象とした。連載のほかに別冊付録として出されたダイジェスト版などもあり、確認作業の完璧を期すのは至難と判断されたからである……>  細かいことになるが、「代作」「代作」を連発するのは如何なものだろうか?  「小学六年生」に連載された『大暗室』では、武田武彦の前書きがあり、乱歩の原作を武田武彦が「脚色」と明記されているのだが……  単行本でも、乱歩の書いた「はじめに」で、武田武彦が執筆したと明記されている。  普通、私たちが「代作」という言葉を使うのは、「犯罪研究の権威、倉持弾・著」となっていたのに、実はエブリスタという小説サイトの不人気作家の倉橋敦司が書いていたというようなときに使うのが普通である。  それから当たり前のことだが、「当事者がこう語っているからそれが正しい」などとはいえない。  少なくとも歴史研究において、当事者の言葉や記録を鵜呑みにはせず、裏付けを取るのが基本である。  乱歩の『探偵小説四十年』でも誤った記述はあるし、横溝正史へのインタビューも同じである。記憶違いはどうしても出てくる。  また本人の主観が入るし、案外感情的なものが出てくる。  インタビューの場合、インタビュアーが自分に都合よくまとめてしまうことがある。  『大暗室』の場合、武田武彦の証言は証言として、「小学六年生」に連載された『大暗室』を確認すればよいだけである。  中相談作氏は、児童向けリライトについてこう書く。 <これらの書き替え作品は少年雑誌に連載されてから単行本として刊行されているが、本書では刊本だけを記載の対象とした。連載のほかに別冊附録として出されたダイジェスト版などもあり、確認作業の完璧を期すのは至難と判断されたからである>  だがポプラ社から刊行された一般向け作品の児童向けリライトについて云えば、単行本化する前に雑誌連載されたのは『黄金仮面』『人間豹』『大暗室』の三作品だけである。  図書館の威信をかけて行うのに、完璧を期すのがそれほど困難だとは思えない。  武田武彦の証言を金科玉条とし、なぜ裏付けを取らなかったのかよく分からない。 ↓「小学六年生」1957年十二月号『大暗室』より。  「武田武彦」が脚色と明記。  毎朝新聞社に怪人二十面相を名乗る大曾根が出現し、パニックとなる。  こんなシーンは乱歩の原作には片鱗もない。完全に武田武彦のオリジナルストーリーなのである。  『江戸川乱歩執筆年譜』ではポプラ社『大暗室』は氷川瓏が「代作」していて武田武彦は無関係だと主張する。だが単行本にも全く同じストーリーがあり、毎朝新聞社の「進藤」という人間まで同じ名前なのである。  これだけ一致していてて、なぜ武田武彦が無関係ということになるのか。  図書館が刊行するなら資金もあったと思うが、なぜ「小学六年生」を古本屋から購入するなり、小学館からバックナンバーを閲覧させて貰わなかったのかは不明である。c799485a-2e9d-48b6-8b91-5a6eaed73338     
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