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武田武彦の雑誌連載版『人間豹』とポプラ社版『人間豹』の相違点
もう一度復習しておくと、名張市立図書館『江戸川乱歩執筆年譜』でポプラ社版児童向けリライト『人間豹』が氷川瓏の「代作」と書かれているのは不適切で、実際には武田武彦が雑誌に連載したリライト『人間豹』を直接の原案として、氷川がまとめたものである。
ただし武田武彦の雑誌連載版リライトとポプラ社版『人間豹』は一ヶ所、相違点がある。
実は乱歩の執筆した原作には、明智小五郎の妻、文代と小林少年が登場する。
だが武田武彦の連載にはふたりとも登場させなかった。文代の役を、江川ハルミが担っており、最後まで登場する。
小林少年が活躍するシーンは、神谷芳雄に交代している。
全体を通読して分かるのは、武田武彦は、小林少年のイメージを神谷芳雄に投影させていることである。
恐らく当初の予定では、原作の神谷芳雄を「小林芳雄」にして、小林少年が知り合った少女の危機を救おうとするストーリーを計画していたのではないかと思うわれる
キャバレーでアルバイトをしていたのも事件の捜査中だったとすれば説明がつく。
児童向けのミステリーの場合、探偵役の少年が全く無関係の第三者の事件を捜査するより、主人公の友人、知人の危機に巻き込まれたとする方が、読者は主人公に感情移入しやすくなる。
後に武田武彦がリライトした雑誌連載『大暗室』でも、小林少年は友人の少女歌手に相談を受けて立ち上がる。
武田武彦は神谷芳雄を小林少年に変更して活躍させることを乱歩に相談したが、最終的には、
「小林少年ではなく、神谷芳雄ということにしてくれ」
ということになったのだろう。
小林少年が目の前で知り合いの少女が惨殺されるのを目撃したりストーリーは、あまりにも生々しかったかもしれない。
そのため、武田武彦は主人公の神谷少年に小林少年のイメージを投影して活躍させることにした。
神谷と小林、ふたりの少年が登場しても中途半端な扱いになるばかりか混乱するだけなので、小林少年は登場させなかった。
ところがポプラ社では単行本化にあたって、
「『少年探偵団』の読者は小林少年と文代さんの活躍を読みたいので、ふたりが登場するシーンは原作通りにしたい」
と乱歩に相談した。
ポプラ社がそう要望を出したのは間違いない。
「少年探偵団」シリーズは小林少年の活躍がメインであり、明智小五郎の妻、文代も戦後の作品『虎の牙』『透明怪人』に登場しており、「少年探偵団」シリーズの読者には馴染みが深かった。
ポプラ社は「少年探偵団」シリーズの読者を、悪い言い方をすると「少年探偵団」シリーズの一冊と思わせて引っ張り込もうとしていたので、小林少年と文代の登場は不可欠だっただろう。
ポプラ社の要望は、乱歩にとっては都合がよかったろう。
そもそも雑誌連載を単行本にまとめるのに、別の作家を使うなど前代未聞で、乱歩が著作権者とはいえ、ポプラ社側も困ったかと思う。
雑誌連載のストーリーを変更したいという要望は、氷川瓏に単行本をまとめさせる口実にはなった筈だ。
「小林や文代を出さなかったのは武田君のアイデアだ。君らの意見は分かったが、今更彼が完成させた作品を書き直せと言われても困るだろう。氷川君に君達の要望を伝えて単行本用に書き直して貰えばいい」
原作には、小林少年と文代が人間豹に襲撃されるシーンがある。
雑誌連載では、神谷少年と江川ハルミの設定に変更されている。
単行本では、雑誌連載とは違って原作通り、小林少年と文代に戻されている。
元気な少年の五郎君やら神谷少年の姉、久美子さんの登場など、単行本は基本的に、武田武彦の雑誌連載のストーリーを踏襲している。
ところが単行本のこの部分だけが原作に忠実なのである。
そして単行本にまとめるに当たって、一部分だけ乱歩の原作通りにしたことは明らかに失敗している。
神谷芳雄と小林少年。ふたりの少年が登場し、交友も絡みも殆どないのは不自然だし、小林少年が一シーンだけ突出して活躍するのもおかしい。
結局、氷川瓏は言われるままにキャラクターの名前を変更しただけで、後は放置している。
もし武田武彦が書き直していれば、こんな不自然な展開にはならなかった筈だ。
要するに氷川瓏は「イエスマン」として言われたところだけ訂正した。
そのため武田武彦によって冒険活劇の印象が強くなった雑誌連載に、中途半端に乱歩の原作を挿入されることとなった。
神谷少年大活躍の前半の後、突然小林少年が少しだけ活躍し、また神谷少年と明智小五郎の出番に戻り、最終盤になって今度は乱歩の原作の文章で締め括るという非常にまとまりの悪い印象に仕上がっている。
武田武彦の雑誌連載版『人間豹』と、氷川瓏がポプラ社の意向も入れて書き直した単行本『人間豹』とを読み比べると非常にハッキリする。
ポプラ社版『人間豹』が面白いのは、武田武彦の雑誌連載が面白かったからであり、そのまま単行本にした方が絶対によかったと思う。
(弟子の氷川瓏に仕事をさせたい。武田武彦は雑誌連載で既に執筆料を受け取っているから、二度も受け取らなくてもいいじゃないか)
という乱歩の親心は作品的にはマイナスの効果となった。
↓武田武彦の雑誌連載を氷川瓏が単行本にまとめたポプラ社版『人間豹』挿絵。花売り娘のひろ子が人間豹に襲われるシーン。
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