武田武彦の乱歩作品三作目の児童向けリライト

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武田武彦の乱歩作品三作目の児童向けリライト

 乱歩の通俗長編の児童向けリライトが二作とも好調だったことから、ポプラ社では乱歩の名前を大いに利用して儲けようとした。  1955年(昭和三十年)八月よりポプラ社は、「日本名探偵文庫」の刊行をはじめた。乱歩をはじめ、角田喜久雄(つのだきくお)海野十三(うんのじゅうざ)南洋一郎(みなみよういちろう)大下宇陀児(おおしたうだる)甲賀三郎(こうがさぶろう)島田一男(しまだかずお)水谷準(みずたにじゅん)ら日本を代表するミステリー作家や児童作家のミステリー小説を網羅。一般向け作品の児童向けリライトと最初から少年向けに書き下ろされた作品が混在している。  売り物は乱歩の作品である。乱歩の作品で読者を引きつけ、他の作家の作品も販売する戦略である。  第一巻が1955年八月に刊行された『呪いの指紋』(原作『悪魔の紋章』)である。  氷川瓏が児童向けリライトを担当。氷川瓏にとっては、乱歩作品、初の単独リライトである。  原作の『悪魔の紋章』は、必ずしも乱歩の長編の中で評価が高いわけではない。評論家の大内茂男(おおうちしげお)は、『江戸川乱歩の世界』に寄せた『華麗なユートピア』の中で本作品を「失敗作」と酷評している。  乱歩の全作品を読んだとき、メインのトリックは明らかに『蜘蛛男』のバリエーションだと分かる。  マンネリなのは明らかだが、実はこの作品だけを取り上げてみると、最後に明らかになる意外な犯人、そして一旦事件が解決したと見せかけ、最後に意外な真相が明らかになるどんでん返し、犯人だと思われた人物が実は被害者だったという意外性。  更に探偵と犯人の知恵比べなど、ミステリーとして読み応えのある作品なのである。  氷川瓏は、被害者を衆人晒し者にして辱める原作の残酷なシーンを書き替えたほかは、殆ど原作通りにリライトしている。  そして第九巻〖黄金仮面〗、第十二巻『赤い妖虫』(原作『妖虫』)が1956年(昭和三十一年)二月に刊行された。  ところが乱歩は、 「児童向けリライトはこれで最後に」 と意向を述べた。  そのため、この段階では新たな児童向けリライトは刊行されない予定だった。  恐らく『赤い妖虫』の内容がお粗末だったからだと推測する。  文学志向の強い氷川瓏にとって、エログロの通俗長編の児童向けリライトなど気の進まない仕事だったと推定する。  戦後、氷川瓏や弟の渡辺健治が乱歩のもとに集ったのは、もう一度乱歩初期の頃の本格短編や怪奇幻想作品を執筆して貰いたかったからであり、労せず莫大な印税が手に入る金儲けのお手伝いのためではない。そもそも氷川瓏は、乱歩の通俗長編など読んでいなかったのではあるまいか?  とはいえ仕事のない氷川瓏にとって、乱歩が次々と仕事を回してくれることには心から感謝していたし、到底断ることなど出来なかっただろう。  『赤い妖虫』の原作『妖虫』には明智小五郎が登場せず、老探偵、三笠竜介が探偵役を務める。  ポプラ社からの依頼で、探偵役を明智小五郎に変更しているのだが、単に名前を変えただけで、キャラクターは元の老探偵のままである。明智小五郎らしい活躍を見せようと努力した形跡は少しも見当たらない。  リライトとしては完全な失敗作である。原作自体、評価は低いし、犯人の陰惨な動機など非常に後味が悪く、よくこんな作品を児童向けに刊行したとポプラ社の倫理感覚に驚くよりほかはない。  乱歩もさすがに、氷川には向いていないと考えて、児童向けリライトの続刊を打ち切ったのだろう。  ところ思ってもみない助け舟があった。  小学館の学習雑誌「小学六年生」1956年(昭和座十一年)四月号より、乱歩の作品を児童向けにリライトした『大暗室』が、武田武彦のリライトで始まったのである。  一年完結の予定だった。  この企画自体、武田武彦が持ち込んだことは間違いない。  原作は最初から最後までエログロで占められており、こんな作品を学習雑誌がリライトしようと考える筈がない。  間違いなく武田武彦が、「少年探偵団」シリーズとして連載すると言って企画を持ち込んだのだろう。  「少年探偵団」シリーズと同じく、「です、ます」調。  更に武田武彦は、原作を大幅に書き替え、明智小五郎、小林少年対怪人二十面相の戦いを描いた冒険活劇小説にリライトしたのである。作者等は下記の通り紹介されている。 <江戸川乱歩・原作 伊勢良夫・文 武田武彦・脚色>  「連載探偵絵物語」とタイトルに添えられている通り挿絵が多く、文章は簡潔である。  そして恐らく乱歩作品の児童向けリライトの中で最高傑作であろう。  武田武彦のエンターテイメントとしての才能が遺憾なく発揮されている。  挿絵が素晴らしい。水彩画家であり、戦前より活躍する伊勢良夫(いせよしお)(1905~1987)である。人物の表情が豊かであり、特に大曾根竜次のキャラクターの魅力は「素晴らしい」の一語に尽きる。  連載は大きな人気を呼び、ポプラ社はクリスマスやお正月のプレゼントとして売り出そうと、連載途中での単行本化を乱歩に懇願した。 (武田武彦の原案があれば、氷川瓏も何とか執筆できるだろう)  これが乱歩の考えだったのだろう。  またも『人間豹』のときと同じように、武田武彦の連載を元に氷川瓏が単行本にまとめた。   「日本名探偵文庫」第二十一巻『大暗室』は、「小学六年生」で連載が続いていた1956年(昭和三十一年)十二月三十日に発売されている。  ただし1957年(昭和三十一年)一月号は十二月七日の発売であり、二月号も原稿が完成していたことは間違いない。  武田武彦が執筆した一月号、二月号の『大暗室』と、氷川瓏がまとめたというポプラ社版『大暗室』の該当部分を読み比べると、時間がなかったせいか、武田武彦の雑誌連載を必死でなぞったことがよく分かる。  ポプラ社版『大暗室』は、中川右介が『江戸川乱歩と横溝正史』で述べるような、氷川瓏による新たな改作でも何でもなく、絵物語のために分量の短かった武田武彦の雑誌連載を無器用に引き伸ばしただけに過ぎないのである。 ↓児童向けリライト『大暗室』が連載された「小学六年生」。他に柴田錬三郎の『太陽はのぼる』を連載。「東京紳士」という奇抜なネーミングのヒーローが活躍する。2d367d6d-f4a4-42ac-b653-948b9789a5bd  
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