ポプラ社版児童向けリライト『大暗室』のストーリーは全て武田武彦の雑誌連載に基づく

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【大曾根竜次(怪人二十面相)】 (江戸川乱歩の原作)  海難事故を利用し、恋敵でもあった親友、男爵有明友定を暗殺。  妻、京子と結婚して莫大な財産を受け継いだ大曾根五郎の息子。  主人公の有明友之助の異父兄弟。  父の血を受け継いだ稀代の悪人として、現代のネロをめざし、残虐な悪事を働き地下王国を建設。  帝都を震撼させるが友之助の前に破れ、自殺する。 (武田武彦・脚色の連載小説)  乱歩の原作を大幅に改作。大曾根五郎と息子の竜次を合体させたキャラクター。  有村博士の助手だったが、博士が所有するダイヤモンドに目がくらみ、海難事故を利用して博士を暗殺。  有村博士の孫娘の京子を事故死に見せかけて殺害し、ダイヤの独占を図るが、明智小五郎に見破られると明智を焼き殺そうとする。(明智は暖炉の煙突から脱出して身を隠す)  稀代の盗賊、「怪人二十面相」の名をかたり、莫大な財宝を手に入れて「くらやみの国」を建設しようともくろむ。  大曾根竜次が「怪人二十面相」を名乗る設定や明智が煙突から脱出するのは武田武彦のオリジナルの設定である。 (ポプラ社『大暗室』)  武田武彦の連載とほぼ同じ。 【星野真弓】 (江戸川乱歩の原作)  莫大な財宝のありかを示した先祖の地図を持つ星野清五郎の娘。  星野清五郎の従兄の辻堂は財宝を独り占めにするため、星野と娘の真弓を亡き者にしようとするが、大曾根にその奸計を見抜かれて監禁される。大曾根は自分が財宝を手に入れようと、星野親子を監禁する。  可憐な十九歳の娘、真弓は大曾根のために監禁され弄ばれる。 (武田武彦・脚色の連載小説)  原作の真弓の設定を大幅に改作。  小学生の「マユミ」という設定。孤児だが財宝を狙う遠縁の辻堂が引き取って育てている。  原作に登場する父親の星野は登場せず、マユミが財宝を狙う辻堂と大曾根のために命を狙われて監禁されるという設定。 (ポプラ社『大暗室』)  武田武彦の雑誌連載と全く同じ。「マユミ」とカタカナにしたところまで同じ。 【進藤記者】 (江戸川乱歩の原作)  全く登場せず。 (武田武彦・脚色の連載小説)  毎朝新聞記者。怪人二十面相を名乗った大曾根が、毎朝新聞社に出現する場面にぶつかる。また大曾根が明智の名前を騙り新聞記者を呼び出すシーンにも登場。 (ポプラ社『大暗室』)  武田武彦の雑誌連載と全く同じ。そもそも毎朝新聞社のシーンは武田武彦のオリジナル。 【松島ナナ子】 (江戸川乱歩の原作)  登場せず。大曾根竜次が真弓の次に誘拐しようと企む人気レビュー・ガール、花菱ラン子が登場。 (武田武彦・脚色の連載小説)  乱歩の原作の花菱ラン子にあたる。人気少女歌手。大曾根に狙われていることを知り、仲よしの小林少年に相談する。  なお「松島ナナ子」の名前は、明らかに当時、人気子役、歌手として活躍していた松島トモ子からきている。武田武彦のオリジナルの設定である。 (ポプラ社『大暗室』)  原作と違う名前や小林少年の仲よしという設定まで同じ。    ここまで登場人物の設定について、乱歩の原作と「小学六年生」に連載された乱歩の一般向け作品『大暗室』を児童向けリライトした武田武彦の『大暗室』、そして氷川瓏がまとめたとされるポプラ社版『大暗室』とを比べてみた。  武田武彦が児童向けリライトした『大暗室』は、「小学六年生」1956年(昭和三十一年)四月号から翌年三月号まで連載された。  一方、ポプラ社から刊行された『大暗室』は1956年(昭和三十一年)十二月三十日に刊行された。  ポプラ社から刊行された『大暗室』が、殆ど武田武彦の設定通りにまとめられていることに注目して貰いたい。  乱歩の原作は有明友之助と大曾根竜二の対決がテーマであり、明智小五郎やら小林少年、更に怪人二十面相など関係ないのである。  しかも武田自身のオリジナルキャラの進藤記者の存在や登場人物の改名まで全く同じ。  ポプラ社『大暗室』は江戸川乱歩の小説ではなく、武田武彦の雑誌連載を原作にしていることは明らかである。  氷川瓏が単行本にまとめたとしても、武田武彦の雑誌連載版がなければ書けなかったのだから、 「ポプラ社『大暗室』は、武田武彦の雑誌連載を原作に氷川瓏が単行本に編集」 と今後、乱歩関係の資料は記すべきであろう。  以下の文章を読んで欲しい。  武田武彦の功績は歪めら抹殺されているのである。  評論家の中川右介は『江戸川乱歩と横溝正史』で次のように書く。 <……武田武彦のリライトで、小学館の「小学六年生」五六年四月号から『大暗室』の連載が始まった。ポプラ社が黙っているはずがなく、乱歩のもとへ行き再交渉すると、承諾してもらえた。これも氷川が新たにリライトして、五六年十二月に「日本名探偵文庫」㉑として刊行された。  こうして、『黄金仮面』(武田)に始まり、〖人間豹〗(氷川)、〖呪いの指紋〗(氷川)、〖赤い妖虫〗(氷川)、〖大暗室〗(氷川)の五作のリライト版が出た>  更に『備忘の都』というブログでは、ポプラ社『大暗室』について、次のような驚くべきことが書かれている。 <初出は昭和31年「日本名探偵文庫21」としてポプラ社から刊行されました。 (2017/12/20追記 中川右介「江戸川乱歩と横溝正史」によれば、武田武彦版の「大暗室」は昭和31年に小学館の雑誌「小学六年生」に連載されたもので、ポプラ社から出た氷川瓏版とは別に存在するようです。また名張図書館発行の「江戸川乱歩執筆年譜」には初出の単行本について「代作(氷川瓏。乱歩は武田武彦と記録。)」という記述があります)……  さて、このポプラ社のシリーズ中、最も派手な改変が施されているのが本書でしょう。  原作は、天使・有明友之助と悪魔・大曾根竜次の闘争物語でしたが、本書ではなんと明智小五郎と怪人二十面相の戦いということになっています(有明と大曾根はそれぞれの変名)。  怪人二十面相が人を殺すなんて……と、小学生時分に読んだ時はショックを受けたものです。  大筋では原作通りの展開なのですが、明智と二十面相とを導入したことで、親子二代にわたる因縁ではなく、大曽根竜次一代の物語となっています。また、原作では大人だった人物が少年・少女になっていたり、小林君が登場したりと、細かいところを挙げはじめるとキリがありません。  ところで、このたび30年ぶりに原作を読み返してみたのですが、リライト版がこの小説を明智と二十面相の物語に置き換えたのは、案外、的を得た処理だったかも、と思いました。 というのは、二十面相の悪事というのは、全体を通して明確な動機がありません。いったい何の意図があって子ども相手に幼稚な悪さばかりしているのか。全体を通し特に説明がなく、バイキンマンが執拗にアンパンマンを攻撃しているのと同じくらい謎なのですが、大曾根の悪事は、それと同じで、全く理由がないのです。 にもかかわらず、大曾根は壮大な悪を夢見て、有明は明朗快活に戦う。これは二十面相と明智の関係と同じだ、と気づいた氷川瓏はエライ、と今さらながら思いました>  中川右介が語る「氷川が新たにリライトして」書かれた『大暗室』とは一体何なのか?  ポプラ社『大暗室』は、原作通り、明智小五郎も小林少年も怪人二十面相も登場しませんと言いたいのか?ではそういうストーリーのポプラ社の『大暗室』は一体、いつ刊行されたのか?  武田武彦の雑誌連載通り、原作には全く登場しないキャラクターが登場するポプラ社『大暗室』が「新たにリライトして」ということになるのか?  武田武彦の創作した進藤記者や、原作にはない松島ナナ子という名前がそのままポプラ社『大暗室』に登場するが、これが「新たにリライトして」ということになるのか?  『備忘の都』というブログの管理人は、なぜ明智小五郎対怪人二十面相の対決を考えた武田武彦ではなく、氷川瓏のことを「エライ」と賞賛するのか?  「宝石」元編集長という輝かしい履歴を持ちながら、評論家やブログの管理人、果ては図書館と云う公共施設など、雑誌連載を全く読んでもいない人々に、好き勝手なことを言われている武田武彦に心底同情する。    
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