第一話「小学六年生」(1956年四月号)

1/5
前へ
/151ページ
次へ

第一話「小学六年生」(1956年四月号)

↓小学六年生(1956年四月号)より資料引用34d7b7da-6e4a-48ff-b249-2c09858f02d6            (1) みわたすかぎり、雲ひとつない青空には、焼けつくような太陽がかがやき、はてしない大海原には、島かげひとつみえませんる。ころが、この海面には、豆つぶのような一そうのボートがもう一週間も漂流していました。かじはこわれ、一本のかいもなく、ただ波のまにまに、流されているのです。 (2)  その小さなボートの上には、三人の日本人が乗っておりました。そのうちのふたりは、まだ年もわかく、元気がありましたが、いまひとりの男は、もう六十歳くらいの老紳士です。土気色のやせたからだを、ぐったり船底に横たえていましたが、 「大曽根君、陸はまだ見えぬのか……」  と、かすかに、くちびるを動かしました。 (3)  大曽根とよばれたのは、この老紳士の助手を勤めていた、目のするどいワシ鼻の青年でありました。いくら元気な青年でも、もう一週間も、のまずくわずでは口を聞くのも苦しかったのです。 (4)  ですから大曽根は、半分おこったように、 「みえませんね。第一、このボートは、どこへも進んじゃいないんだ。ひとっところを、ぐるぐるまわっているんだ」と、さけびました。もう助かるのぞみも失って、やけになっているのでしょう。 (5) 「なあに先生、そんなに心配することはありません。いまにきっと、救助船が、助けにきてくれます。ぼくらの船が難破したことは、ちゃんと無線でわかっているんですからね」  そばから三国という船員が、なぐさめました。 (6)  すると大曽根はギラギラ目を光らせながら、三国をにらみつけました。 「三国君、きみはほんとうに救助船が、ここへ来ると思っているのか?……  きみはなんでオメデタイ人間なんだ。あれから一週間にもなるんだぜ。いまだにこなけりゃ、救助船などはとっくに引き返してしまったさ。ぼくらは、この海の上に、おきざりにされてしまったんだっ……」 (7)  一週間まえ、南方の火山島をめざして進む、一そうの観測船がありました。ボートの三人は、この船に乗っていたのです。老紳士の名前は、有村という生物学者でした。火山島周辺の海底を撮影するため、カメラに明るい助手の大曽根をえらびねこの観測船に乗りこんでいたのです。深夜、ベッドからころげおとされ、目がさめたときは、もう船は、台風のまっただ中をさまよっていました。 【注】雑誌連載は絵物語のため字数は少なく、ポプラ社版『大暗室』は、武田の連載を元に、主に会話を増やして分量を増やそうとしている。  武田は、原作の有明男爵を生物学者という設定にしたが、ポプラ社版も同じ。  武田は新たに三国と云う船員を登場させたが、ポプラ社版も全く同じばかりか、名前まで同じ。  これだけでもポプラ社の単行本『大暗室』が武田の連載を原作にしたことは明らかである。
/151ページ

最初のコメントを投稿しよう!

31人が本棚に入れています
本棚に追加