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(13)
「ああ、もうがまんができない。きみもえんりょなくやりたまえ」
とつぜん、大曾根は、腰のベルトをとりはずしました。そのベルトには、護身用のピストルの皮サックが、ぶら下がっていました。ほかのふたりは、ギョッとしました。ーすると大曾根は「ウフフフ」と、わらったかと思うと、いきなり、そのベルトのはしを口にくわえ、ネズミのように、ガンガンかじりはじめました。
(14)
「こんなものでもかじらなけりゃ、ぼくらのからだは、もう半日も持ちそうにない。先生もえんりょなさらず、かじってはどうです」
大曾根は、じぶんのあさましい姿を、じっとみつめている有村博士をにらみかえしました。しかし博士は首をふりながらも、
「大曾根君、もうぼくには生きる力はない。そこできみに頼みがあるのだが……」
(15)
「ほかでもない。マゴの京子のことだ。あの子は、両親のないかわいそうな子だ。ぼくがここで死んだことを知ったら、どんなに泣くかわからない。大曾根君。きみは、ぼくにかわって、京子を守ってやってくれんかね……?」
「死ぬのは先生ばかりじゃない」
大曾根はかみつくようにさけびました。礼儀もなにも、忘れはてたようです。
(16)
「いや、君なら、きっと生きて帰られるにちがいない。帰ったら京子を頼む。あの子が成人するまで、きみが後見人になってもらいたいのだ。あの子のために、ぼくは日本銀行の金庫へ、世界にまれなダイヤをあずけてあるのだよ……」
「えっ、ダイヤを…?」
と思わずさけんだ大曾根の顔が、みるまにさっとかわりました。
【注】乱歩の原作を脚色した武田武彦、は原作の複雑な人間関係を児童向けに大幅に整理。
最初から悪役の大曾根竜二を登場させた。(原作では大曾根五郎。竜二の父)
原作の有明男爵の妻、京子は孫という設定に変更された。
まだ大曾根はダイヤモンドの存在に心を動かされるが、これも武田武彦のオリジナル設定。
武田武彦の雑誌連載を原作としたポプラ社『大暗室』は武田の設定をそのまま踏襲している。
↓小学六年生(1956年四月号)より資料引用
(注)美しい水彩画の挿絵と女性の美しさで有名だった挿絵画家・伊勢良夫の本領が発揮されている。
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