第一話「小学六年生」(1956年四月号)

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(17) 「ゆうべ、きみたちのねむっているあいだに、やっとこれだけ書きのこすことができた。これがぼくの遺言状です。京子を守り、ぼくの研究所をつげるのは、きみよりほかにはいないのだ。大曾根君、さあ、これをうけとってくれたまえ」  博士のがい骨のような手が、小さな皮の手帳を大曾根にわたしたときです。さつぜん、三国が 「あっ、陸だっ、陸がみえる!」 とさけびました。 (18) 「なに、陸? どねどこにのー?」  大曾根はボートからからだを乗り出して夕日にきらめく水平線をにらみました。  ああ、うそでもゆめでもありません。おりんら血の色のようにかがやく水平線に、たしかに小さな島がみえたのです。ボートは狂喜する三人を乗せたまま、潮の流れにのって、ぐんぐん島のほうへ、近づいていくではありませんか。 (19)  このときです。大曾根の五体に、おそろしい地獄の悪魔が、くらいこみ、かれの良心をたべつくしたのは、このときにちがいありません。大曾根は、じぶんが助かることがわかると、きゅうにほかのふたりが、じゃまになりました。ふたりがいたんでは、あのダイヤが自由にならないからです。大曾根は、そっと皮サックからピストルをぬきました。 (20) 「あっ、なにをするんだっ!」  すばやく身をかわそうとする一瞬、一歩ふみあやまった三国はふかのたむろする大海へもんどりうって落ちていきました。 「大曾根っ。きみは?」 とさけぶ博士も、どうすることもできずに海中へとびこむよりほかありませんでした。ボートは何事もなかったように、ふたたび小島をめざして流れてゆく……。 (21)  こうして一年のち、大曾根は、ぶじに東京へ帰ってくることができました。もちろん、有村博士は、漂流中にボートの中で病死したとだまし、京子に博士の手帳を見せました。 (22)  なにも知らない京子たちは、すっかり大曾根を信用して、いまでは大曾根は研究所の所長となりすまし、京子の家にねとまりするようになっていました。 (23)  ある日曜日の午後です。京子が屋上でローラースケートをして遊んでいました。するといつのまにん大曾根が、黒い手袋をはめて、じいっとうしろに立ってみていました。
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