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口を開こうにも、どう告げればいいのか分からない。状況に混乱しているだけでなく、これが異常なこと、そしてなにより「禁忌」と呼ばれることであるのは、それだけは理解していたからだ。
ただ、黙り込んだその様子で、自分を見上げるその目が少し陰る。
「『食われた』ね。おにーさん」
残念そうな、けれどどこか想定ができていたような声音。
月籠の夜に、外へ出てはいけない理由。それは今の自分のように、記憶を「食われる」ことがあるからだ。人の記憶、果ては自我におけるまでを喰らい尽くす「影」と呼ばれる魔物が、この国の夜に棲んでいる。
「ぼくが見たときは、もうおにーさんそこに倒れてたから。嫌な予感はしたんだよ」
それでも、記憶だけで済んだなら良かったのかもね、とその子どもは気遣うように付け加えた。その態度に、こちらが困惑する。
「……きみは、「影憑き」が怖くないのか?」
「影」に記憶や自我を食われた人間を「影憑き」と呼ぶ。そして、それはいずれ同じ「影」に成り果てる。己が失ってしまったものを取り戻そうと、他人の記憶や自我を喰らうのだ。だからこそ、この国では影憑きは見つけ次第捕縛、もしくは討伐することになっている。
影憑きといえどもその身体は人間と同じ。心の臓を突けば、首を落とせばころりと死ぬ。されどもそれより前に自分の記憶や自我を食われてしまうことの方が多い。だからこそ、皇国の人間は影憑きを恐れる。
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