4人が本棚に入れています
本棚に追加
かなしき君に約束を
どこか大仰な仕草で、ニシェはこちらへ背を向ける。思わず、その手を取った。
そのまま、消えてしまいそうに見えた。
「これから、どうするんだ?」
「……さぁね。決めてないよ」
やりたいことは、もう出来なくなってしまったし。彼はトモリの腕を振り払うこともなく、ただ寄る辺なく海を見ている。
「それでもまだ、ぼくに死は見えないから。どこかで生きてはいくよ」
人魚に自死の観念は存在しない。行けるところなどもはやどこにもないが、それでも自身の終わりが見えるその時まで、命ひとつだけをもって当て所なく彷徨うことになる。
「あの海から逃げ出した、その時にさ。ぼくの居場所はどこにもなくなったんだよ」
それも、覚悟の上だった。だから、後悔はない。
トモリがその腕を引く。こちらを振り向かせた。
「それなら、私が作る」
「……?」
「きみが、帰ってこられる場所を。きみと、彼女が生かしてくれた私の命全部を使って、必ず」
静寂の中、波の音だけが響いていた。ニシェはゆっくりと、トモリの手から抜け出した。
見せた笑みは、どこか呆れたような、慈しむような、暖かなもの。
「ほんとに不思議な人間だね、トモリはさ」
夢物語。絵空事。そんなふうに思えるのは仕方がない。けれど、約束を違えるように見えないのが本当に不思議だと。
応えるように、トモリは小指を差し出した。ニシェはそれを見て首をかしげる。そこで、彼は人の仕草や習慣を知らないことを思い出す。
「きみたちが額を合わせるそれと一緒だよ」
見様見真似で、ニシェが同じように手を同じ形にする。そっと小指を絡めた。人の行う「約束」の形。
最初のコメントを投稿しよう!