75人が本棚に入れています
本棚に追加
✨エンディング・氷堂出雲の場合✨
「ウキョキョキョキョ」
「あなたはクラウン! お兄ちゃんは?」
麻衣は周りを見渡し、空を見た。僕と目と目があった。でも、僕は風船の中。目があったように感じても、麻衣に僕は見えていない。きっと。
風船の中から遊園地を見渡せば、元の世界とすごく良く似た別の世界だった。麻衣を抱きしめたところまでは覚えている。でも、次の瞬間、気づいたら、風船の中だった。
麻衣の右手に何かが光った。麻衣が何かを投げたと同時に僕を閉じ込めていた風船が割れた。
パン
ドサッ
僕は地面に落ちた。麻衣が下敷きになった。麻衣が僕を受け止めようとして受け止めきれなかったのだ。
「お兄ちゃんのポケットから百円玉をもらっておいてよかった」
「いつのまに?」
僕は、麻衣の上から飛び降りた。
「ありがとう、麻衣」
「お兄ちゃん」
そう呼ばれて立ち上がった麻衣の顔を見た。
すると、麻衣の顔はあの蒲焼きをねだった少女の顔になった。
私が本当の麻衣ーーそこに立っていた蒲焼をねだった少女がそう言った。
そして、また、麻衣の顔に戻った。
「〈不公平の最悪な形は、それを公平にしようと試みること〉ピエロの顔をした産神(うぶがみ)から私への警告。
もともと、人によって能力とか育ちとかが違うから、人は不公平が当たり前。それを公平にしようとしたら、色々と問題が起きるっていう意味。お兄ちゃんだけずるいって、いつも思っていた私が間違ってた」
麻衣は切ない顔をしていた。産神(うぶがみ)ってなんだよ。意味がわからないよと、僕は思った。
「クラウンは、私が呼んだ死神なの。
お兄ちゃんをただ殺す気はなかった。あの世とこの世の境目の、隠り世に引きずりこんで、あの手この手で散々苦しめようと思っていた。入れ替わるって言ったのはウソ。そんなこと、最初からできなかったのに、恐怖を与えるために言った。怖がらせるためなら何でもした。さんざん苦しめて、後はあの世に送るだけ、そう思っていた。
どれだけ、私が敵意を向けても、お兄ちゃんは、私をかばう。私のことをいい妹だと勝手に思ってる。なんでお兄ちゃんは、そんなに優しいの? いつも、私の分身をかばって、助けて。
お兄ちゃんが麻衣だと思っていたのはただの分身。私がほんとうの麻衣。
今回のことは、私が恨みを晴らすために仕組んだことなの」
暗闇の中にクラウンの顔が浮かび上がる。
太陽の塔の地底の太陽の顔は、”人間の祈りや心の源”を象徴していた。僕には怖いクラウンに見えている。でも、他の人が見たらまた、違う顔に見えたのかもしれない。そう思えば、怖さも半減した。
「ウキョキョキョキョ、私はまだ諦めてないぞ。健太、お前をあの世に!」
クラウンが、僕に飛びかかって来た。僕は身構えた。
しかし、間に入った麻衣がクラウンに抱きついた。
「麻衣ー!」
僕の叫びが虚しく響く。次の瞬間、眩い光を放って二人は消えた。
「お兄ちゃん、ごめんね。幸せになってね」
麻衣の声だけが響いた。
気がつくと元の遊園地に帰っていた。
麻衣は、死んだんだよな……
どうしよう。麻衣のこと、なんて説明しよう。恨みだとか、殺すだとか、何が何だかわからない。
途方に暮れて僕は園内を歩く。鉛のように重い足をなんとか交互に出して歩いている。遊園地の制服を着た人がぼくを抱き抱えた。
「君、大丈夫か? ひどく顔色が悪い。親は……周りにいないみたいだな」
「おい、この子、熱中症かもしれないぞ。すぐ救護室へ」
「そうだな。俺がおんぶをするよ」
そのまま見知らぬ大人の背中で揺られ僕は屋内に連れて行かれた。
部屋には、白衣を着たおばさんがいて、すぐにベッドに寝かされた。服のボタン、ズボンのボタンとファスナーを緩められるが、そんなことで、僕の息苦しさは治らない。
誰か、麻衣を、麻衣を助けて。でも、麻衣はきっと、もうこの世にはいない。
麻衣のことを説明しても頭がどうかしてると思われるに違いない。
「健太」
僕の名を呼ぶ声がして頭をゆっくり上げると入り口からお父さんとお母さんが駆けてくるのが見えた。
「健太、探してたんだぞ、ジェットコースターに乗ると言ったままいなくなるから、心配したんだぞ」
涙があふれて止まらない。
「お父さん、お母さん、麻衣が、麻衣が」
「麻衣?」
「僕の妹の」
「どこでその名前を?」
両親は顔を見合わせ呆然としながらつぶやいた。
「お前は一人っ子だぞ」
「たしかに女の子なら麻衣にしようって、名前もつけていた」お父さんの声がかすれている。「でも、生まれてこなかったんだ。流産だった」握り拳を作った手が震えている。
「麻衣は僕を恨んでた。最後は許してくれたけど」
それを聞いてお母さんが泣き出した。
「あなたには内緒にしてたの。
心に傷を負わせたくなかったから。
階段で妊娠中の私に健太が抱きついてきて転落したの。私は健太をかばって。救急車ですぐ運ばれて私たちは助かったけど、麻衣のことを諦めなければならなかった。次の子どもを授かることも」
「そんなことが……僕のせいで、僕のせいで」
いつから麻衣は僕たちの心の中に……
麻衣は遊園地にきた時から心の中に入り込んでいた。自分だけ楽しもうとしていた僕のことを許せなかったんだ。お父さんもお母さんも、心の中に麻衣が入り込んでいたことをもう忘れている。
お父さんが、僕の頭をぽんぽんしながら言った。
「最後は許してくれたって言ったね。麻衣はなんて言ったんだい?」
「幸せになってねって」
「じゃあ、くよくよするな。麻衣も、お前が笑って幸せに暮らすことを願っているんだから」
★
あれから4年。
麻衣のことは忘れたことがなかった。
そして……
高校生の僕に彼女ができた。
その陰には、麻衣そっくりの転校生の存在があった。
了(To Be Continued)
→氷堂出雲(ひょうどういずも)
https://estar.jp/users/359945980
最初のコメントを投稿しよう!