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✨エンディング・にゃんたの場合✨
──あぁ、どうしよう。笑いが止まらないや。
「ヴギョギョギョ!」
笑えば笑う度、声は太く、しわがれていく。笑う度、唇に塗った真っ赤な紅が上下する。ドーランが乾燥しているせいか、おでこのあたりが、ピキピキと音を立てている。
僕はクラウンになった。
なんでそうなっているのかは分からない。でも、クラウンは言っていた。血が全部流れ出たら、もう人間じゃいられないこと。それから、僕自身がそれを望んでいると。
そう、僕は自ら望んで、孤独の獣になったんだ。
「はぁ……」
ひと通り笑い終えた僕は、大きく息を吸い込んだ。目の前には、怯えた表情の麻衣がいて、小刻みに震えながら、こちらを見つめている。僕は、ゆっくりと麻衣の首に手を掛けた。
「お前なんか」
絞り出した声は、もはや自分のものではなかったが、それでも構わなかった。
「僕をバカにするような奴は、全員死ねばいいんだ!」
そう叫んだ途端、全身に力が漲っていくのが分かった。僕は両手に思い切り力を込めた。麻衣は僕の手の中で、苦しそうに踠いている。
──あれ?
その瞬間、すべてが無音になった。
気付くと、そこは遊園地ではなかった。ピンクの壁紙に勉強机……そこは、おそらく麻衣の部屋だった。
猿・豚・狐・象・鶏・魚……
可愛らしいぬいぐるみがすべて切り刻まれ、中身の綿が飛び出ている。
ふと視線を外すと、黒い血溜まりに女の子が倒れている。それは、鰻の蒲焼きをねだっていた女の子に似ていた。途端に僕を違和感が襲う。
──待って……僕、この子に見覚えが……
しかし、僕の体はもう止まらない。
"ザクッ"
気付けば、右手を振り下ろしていた。いつの間にか、僕は幅の広い包丁を握り締めている。
"ザクッ、ザクッ"
軽快な音とともに、目の前が真っ赤に染まっていく。僕はもう一度大きく右手を振り上げた。
**
僕は目覚めた。
どうやらまた違う空間に来てしまったらしい。暗くてよく分からなかったが、遊園地ではないということは、なんとなく分かった。
全身が汗でじんわりと湿っている。
僕はひとまず汗を拭おうとしたが、右手が思うように動かない。何かに固定されているようだ。僕は左手、右足、左足……と順番に動かそうとしたが、やはり頑丈に固定されており、身動きが取れない。
「おはよう」
そのとき、向こうで低い声が聞こえた。恐る恐る首を上げると、白衣の男性がこちらに近付いてくるのが見えた。その顔は、観覧車で会ったピエロにそっくりだった。
「ここは一体……それに、麻衣は……?」
僕は驚きつつも、男性へ疑問を投げ掛けた。すると、男性は胸ポケットから何かを取り出し、僕に見せてきた。それは写真で、真っ赤な血の海に、見覚えのあるふたつの死体が転がっている。男性は淡々と話し始めた。
「数ヶ月前、君はまず、君のお爺さんの部屋にあった記念硬貨を2枚盗んだ。ふたりが羨ましそうに見ていたのを知っていたからだ。記念硬貨はふたりと会う口実だった……それから、君の実家、鰻専門店だよね? 関東風の薄焼きが自慢の……僕もね、よく食べに行ってたよ。ふっくらと溶けるような身が最高だった……だから、悲しかったよ。人を殺める道具にされたと知ったときは」
そこまで聞いて、僕はすべてを理解した。
思えばみんなからバカにされていた。背が低いことから始まり、臆病で、言いたいことははっきり言えなくて……学校でもいじめられるから、居場所なんてなかった。
麻衣と……もうひとりだけ友達がいて、そのふたりが唯一の心の拠り所だった。
ただ、あの日……そうだ、ふたりと遊園地に遊びに行ったとき、お化け屋敷近くのゴミ箱に閉じ込められたんだ。"なんかいる気がする"、"怖いから様子見てきて"って。僕も怖かったけど、ふたりのために勇気を出した。
だけど、裏切られた。僕はゴミ箱に押し込められ、蓋をされた。僕は"出して"と泣き喚いたが、ふたりは蓋を押さえながらケタケタと笑っていた。結局、ふたりも僕のことをバカにしていたんだと思う。
──ふたりだけは信じていたかったのに……
あの日、僕の中で何かの糸が切れてしまったのは事実だった。
「君のことは色々観察させてもらったよ。実際に自分の殺した相手と時間をともにしたとき、君がどんな思考になり、どのような言動をとるか……もし過去の罪を思い出さず、楽しい時間を過ごせたならば、君は合格だった。いかなる場面においても殺人の衝動に駆られない……そう証明されて、普通の中学生として、社会に戻ってもらう……その予定だったんだがね。残念ながら、君は行動に移してしまった」
そう言いながら、男性は更に僕に近付いた。少しして、左腕にチクッとした痛みが走った。
「だから、別の薬を試すことにするよ」
どうやら何か打たれたらしい。注射器の薬がドロリと体内に入っていくのが分かる。
──観察? 試す? それに薬って……
もっと聞きたいことがあった。だが、悲しいことに、僕の意識はどんどんと遠のいていった。
「次は違う結末になることを祈るよ」
薄れゆく意識の中、"いってらっしゃい"という言葉が聞こえた気がした。
(了)
→にゃんた
https://estar.jp/users/147215602
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