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絵空事
「ウキョキョキョキョ。みんな〜、注目〜」
お化け屋敷の手前に意識がいっていたため、急に聞こえた奇妙な声に心臓が止まるかと思った。
声のした方を振り向くと、そこには白塗りで赤い鼻をつけたアレは……
「お兄ちゃん、ピエロさんだ」
「いや、麻衣。あれはピエロじゃなくてクラウンだ」
「でも、ピエロさんと同じ顔だよ」
「よく見てみろよ。泣いてないだろ。涙があるのがピエロ、ないのがクラウンだよ」
ドジで自らの失敗で笑いを取るピエロとは違い、クラウンは人をからかったり、ジャグリングなどで笑いを取る。
クラウンは、ジェットコースター待ちの客たちを飽きさせないように、水晶玉が空中に浮きながら移動するパフォーマンスを始めた。
すごい、本当に水晶玉が浮いているように見える。隣で麻衣も驚いた顔で見入っている。
やがて列が進みだすと、パフォーマンスを終えたクラウンが僕たちに近づいてきた。
「ウキョキョキョ、楽しそうに見てくれてありがとうね〜。そんな君たちに特別なチケットをあげよう」
どこから出したのか、クラウンは2枚のチケットを人差し指と中指で挟んで持っていた。
そして、そのチケットを僕に手渡しながら僕にだけ聞こえる小さな声で「あの暗闇の中を覗けるチケットだよ〜」と囁き、ウキョキョキョキョーと奇妙な笑い声とともにどこかに去っていった。
クラウンが、笑顔で子供たちに風船を渡しているイラストの描かれた2枚のチケットを眺めた。
「暗闇の中を覗けるチケットか」
この時、僕はこのチケットを持ったことで、想像もできないような体験をするとは思ってもいなかった。
そして、今日最初のアトラクション、僕らを乗せたジェットコースターがけたたましい発車のベルに誘われて、ゆっくりと動き出した。
ジェットコースターに乗っている最中も、僕の注意は先程の暗闇に向いたままだった。回転も急降下も気にならないほど、僕はあの暗闇に惹かれてしまっていた。
そして僕らを乗せたジェットコースターがスタート地点に戻ってきた。
→絵空事
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