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東 里胡
「やだやだ、絶対にやーだー!」
嫌がる麻衣の手を掴み、一歩、また一歩と暗闇に近づく。
不思議なことに、それまで感じていた遊園地のざわめきや、ジェットコースターからの黄色い悲鳴は少しずつ遠のくように聞こえなくなり周囲は水を打ったように静まり返る。
僕の飲み込む唾の音さえも、響くような静けさの中で暗闇の淵にたった。
「ウキョキョキョキョ。いらっしゃい、絶対に来ると思ってたよ」
暗闇の中から顔だけを出したのは、チケットをくれたクラウンだった。
その時点で引き返せば良かったのだと、後悔をすることになるのだけれど。
「お兄ちゃん、帰ろうよ」
「お願いします」
麻衣の怖がる声を無視して、暗闇の中を覗けるチケット二枚ともを、手渡した。
チケットを渡した時に、少しだけ触れたクラウンの手は、まるで氷のように冷たくてヒッと息をのみこむ。
僕の驚く様子にクラウンは血のように赤い唇をニイッと歪めたかと思うと。
「さあ、暗闇の中にようこそ」
「え? いや! お兄ちゃん、いやああああ」
しっかり繋いでいたはずの麻衣の腕の感触が、汗ばんだ僕の手の中からズルリと抜けた。
「麻衣、麻衣ー!!!!」
必死に目を凝らした先には、カビ臭く湿った空気が漂い、今自分が立っているのが上なのか下なのかすらわからなくなるような漆黒の闇が広がっていた。
→東 里胡
https://estar.jp/users/318375329
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