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永い春
翌朝、ではない。ウララを自宅に招き、共寝をするはずだった。
………。
……。
「大丈夫ですか」
薄目を開けて、瞬きをする。血の涙が膜を張り、赤い海にウララが沈んでいた。
「気持ちいいけど、疲れたでしょう」
彼の指が涙を拭った。
悠飛はまた泣き出しそうな顔で体を起こし、血のついた指を口に含んだ。彼は少し驚いたが、優しく噛まれると仕方なさそうに微笑んで「拗ねないで」と胸を撫でた。
しかし労られると息が詰まり、寝返りをうってしまうとウララは難しげに唸った。
現在九時四十分頃、二時間ほど美しい遊びをしていたわけだがそれは本当に「美しい」だけで終わった。と、いうのは悠飛もウララもコンドームを持っておらず、悠飛は散々焦らされ燻った熱を乱暴に、熾烈に解消してほしいと体で繋がることをねだったのだが、ウララはゴムが無いければ挿入しないと言い切って、結局最後まで指と舌で交わるに徹したのだ。それでも悠飛は何度も果てて、これ以上は無いくらいに快感を享受したはずだが——ウララは彼の濡れた髪を耳の後ろにかけてやり、肩を撫でて、うっそりと目を細めた。
——この大きな男は、単なる性欲解消でも私に触れられるだけでも飽き足らず、より深い交わりを欲してぐずっているのだ。なんて我儘で可愛い人だろう!まるで野生の動物だ。動物は好きだ、ただ生きているだけで可愛いから…と指の間で色褪せた髪を梳いてやり、耳へくちづけるように背中を曲げた。
「次は必ずしてあげますから。私も…貴方が欲しいんですよ。今はお互い禁欲しましょう。そうすればもっと、苦しいくらいに気持ちいいセックスができますよ、堪えた分だけ悦びも……ね?」
想像して一足早く感じたのだろうか、彼はツと血涙を流し、黙って頷いた。
ウララが家を出るまであと一時間ほどの猶予がある。
「もう少しだけ、こうしてましょうね」
そう声をかけると悠飛が寝相を変えた。血に浮かぶ灰のような目が、本当?いいの?と幼げに彼を見上げていた。
その日のウララは悠飛を存分に甘やかしてやると決めた。
体を拭いてもらって清潔になり、悠飛はだらんと布団に寝っ転がっていた。そこへウララがやって来て、甲斐甲斐しく夕飯を食べさせてやった。しかも彼の手作りだ。
「はい、あーん」
一度学校へ早く来た際にお弁当を食べさせてもらって、それがえらく美味しかったものだから今回も顎が落ちるのではないかと手製のガスパチョを期待して食べた。
ポポポ、と頭の上に疑問符が浮かぶ。
喉奥から疑念の声が出た。
「どうです?」
ウララに感想を求められ、彼はもう一口食べてから、
「野菜の汁の味がする」
と顔を顰めた。きゅうりやピーマンの生臭さがそのまま搾り取られてトマトスープに溶け込んでいるのだ。「それっていうのは旨味が出てるということですか?」と尋ねてきたウララに、「寧ろ灰汁だ」と言い返した。
ふうん、と彼は残念そうな声を出し、スープ皿を床に置いた。
「星ひとつ!ですかね」
「前はウマくなかったか?弁当」
「ああ、あれ?あれは外で買ってきたのを詰めただけですから」
愕然とする彼に肩をすくめて笑いかける。
「また騙しちゃいました?料理なんてできませんよ、したこともない」
「じゃあ普段はどうやって、飯は?」
「外食かテイクアウトですよ」
「コンビニ?」
「まさか。コンビニ相手にテイクアウトとは言わないでしょう。あそこ、おにぎりは美味しいですけど、スパゲティ買ったことあります?冒涜ですよ」
「これも大概冒涜ですが」と言って、彼が皿を下げようとするのを悠飛が止めた。食べれなくはないと主張し呆れたように笑われながらも、布団の側に置いといてもらった。
ウララは「コラショ」の置き時計を見てそろそろ帰り支度を始めた。
「いいですか、近いうちに必ず電球と家具は買わなくちゃいけませんからね」
彼は生返事をし、それよりも、と、「コラショ」の頭を掴み上げた。
「なあ、コイツ…ランボーランボーって騒ぐの、なんでなんだ?」
「ランボー?知りませんけど、もう随分昔のですからね。私の名前をちゃんと言えないんでしょう」
「一人一人の名前を言えるのか?コイツ」
「ええ、生徒の名前なら。貴方のもとに届いたコラショは、きちんと悠飛くんって呼んでくれると思いますよ」
「生徒?」
「それ通信教育の付録なんです」と学ランのボタンを留めながら言って、悠飛の隣にしゃがみ込むとこめかみにキスをした。
「明日もちゃんと起きるんですよ」
彼は黙って頷いた。
「それでは学校で」
ウララが出て行ったあと、ガスパチョの赤いスープを一口飲み、ふうと息を吐いた。
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