親交

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 月曜日。赤いウサギのような生き物がメロディーと共に悠飛を起こした。 「ランボーくんおはよう!朝だよ!一緒に起きよう!」 彼は飛び起きた。爽やかとは程遠い心地で謎の生き物こと「コラショ」の顔を掴み上げる。コラショは歪んだ声で彼を「ランボー」と呼び続けた。  先週の金曜に彼はウララからこの時計を譲り受けた。  というのも、 『やっぱり遅刻はいけませんよ。頭が悪いなら悪いなりに人柄で挽回しなくちゃいけませんから』 『お前…言っとくけどな、俺だって遅刻したくてした訳じゃない』 『そうですか?目覚ましで起きられない人間には潜在的に誠意が足りないんですよ。そう思いません?学校に行かなければ、私に会わなければと心から思っていれば絶対に起きられますよね』 『…体と心がバラバラなんだ』 『それはいけない。体の方を調教して差し上げますよ。いいですか?悠飛さん、まずは目覚ましを六時にセットしなさい』 『目覚ましなんて持ってねえよ』 『スマホのアラームでも何でも結構ですよ』 『携帯無い』 『はあ?そんな馬鹿な…未開人すぎる…貴方……なんて手間のかかる人なんだ!』 ウララに絶句されて、翌日彼が昔使っていたというコラショの目覚ましを手渡された。  実際、効果はてきめんで六時丁度に起きることができた。背中のスイッチを切り、枕に寝かせて布団をかける。下着にシャツだけを羽織って台所に向かい、水道で顔を洗い手から水を飲み、歯磨きまで済ませて昼食のオニギリを三つ作る。それから玄関へ向かい、帰ってきた時に脱ぎ散らかしたズボンと学ランを纏い、腕まくりをしてリュックを背負う。この際クローゼットの姿見で気持ち程度に身だしなみを整えるが、特に直すこともなく鏡の中の自分に大丈夫だと励まされ、ウンと頷く。そうして寝起きから十五分も経たぬうちに家を出るのだ。  音楽を聴きながら通学するのが日課だった。《ブラック・ランボー》が餞別にくれた水色のウォークマンで、他人のセレクトした曲からその日にあった音楽を聴く。  春の湿っぽい朝ぼらけにはエリジャ・ナングの『Sakura II』が最適だ。  八時前には学校に着き、まだ誰もいない冷えた教室にウララの横顔を見つけた。 「よお」 低い声で挨拶する。横戸を開く音に彼も気づいて、 「おはようございます。偉いですね、ちゃんと起きられて」 「さ、ご褒美あげましょうね。こちらへどうぞ」と、悠飛の机を叩いた。  一体どうやって持ってきたのか、ティーカップに渋いにおいのフルーツティーが注がれ、隣に円筒状の弁当箱が広げられる。一段目に時雨煮ときんぴら蓮根、二段目にベーコンパイが二つ、三段目に金色のコンソメスープが入っていた。  朝ご飯を食べていない悠飛には正しく『ご褒美』だった。 「ウララが作ったのか?」 「ええ…これから早起きすれば私の手料理が食べられますからね」 「新婚、みたいだな…」 「フン。馬鹿なこと言ってないで皆が来る前に食べてください。それから悠飛さん、」 ウメウメと貪り食っているところにウララが顔を寄せる。彼の唇の端についた米粒を指で掬い、食った。 「今日の放課後、空いてますか?」 マスクの下に人差し指を突っ込み咀嚼する様子を彼は血眼で見つめていた。喉奥からウ、とくぐもった返事のような声を発し、ウララは目を三日月にした。 「良かった…ああ、授業の終わりが待ち遠しいですね」 絡みつくような声が彼を昂らせた。  実際『待ち遠しい』などという生優しいものではなかった、その心情は。徹夜明けの朝みたいに体が内奥から火照り、眠たいはずの脳味噌がミラーボールのように冴え渡った。一時間目から五時間目までの国語、英表、体育、体育、古典を乗り切りチャイムが鳴ると勢いよく起立——するのではなく、寧ろ、敢えてゆっくりと帰りの準備をした。  そしてウララに「帰りましょう」と声をかけられて残りの荷物をリュックに突っ込んだ。ウンと頷き、両手をポケットに入れようとして右手を取られた。そのまま犬のように校門の外まで連れて行かれ、雨の降りそうな鮮やかな夕暮れに息を浸した。
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