信仰の絵画

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 白いタイルの敷き詰められた部屋に「皆」はいた。右と左の壁に沿って街路樹のように並んでおり、全員が赤い腰巻とベールを身につけ個人の特定を不可能にしていた。  手術室を何倍にも広くしたような部屋の真ん中に灰色の台があり、側面に手回しハンドルが付いていた。台のある場所は他と比べて一段低くなっていた。  部屋の突き当たりには双子の近衛兵が立っていた。他の者と違ってベールは被っておらず、どこか鮫を彷彿とさせる出立ちだったがその原因は「目」だった。目が、被り物などではなく顔の硬い皮膚に埋め込まれてボタンのようになっているのだ。瞼もなく白眼もなく、真っ黒い瞳だけが眼窩に埋まっている。  そして瓜二つの近衛兵が護るものこそ、天井から吊された巨大な白い魚の頭部である。口の部分が尖っており、腐敗したシロイルカにも似ていた。魚の下には赤い垂れ幕があるように見えるが、それは壁にこびりついた血の色だった。清潔感漂う空間にどうしても隠しきれない腐臭がある。それは壁や、台や、“皆”からにおっていた。  魚の両隣に窓の体を成した穴があり、穴の奥は全くの暗闇だった。  ウララがクラスメイトの死体を引き摺ってきて、台に寝かせた。そこへ近衛兵の一人が歩み寄り、死体の上にメッザルーナを置いた。幼稚園児程の大きさもあるメッザルーナの両端をウララと悠飛の二人で持ち、 「生贄の下半身を切り落とします」 台の下の窪みは流れ出た血を回収するためのプールだった。  メッザルーナが骨を断つ音に合わせて「皆」が祈りの唄を捧げた。 謌代i螂エ髫キ縺ョ蠕。荳サ 荳?螟懊↓隘ソ縺ョ鬲泌・ウ繧貞、ゥ縺ォ驕」繧上@ 莠悟、懊↓闃ア縺ョ豬キ繧呈ク。繧頑擂縺ヲ 荳牙、懊↓鄂ェ縺ィ莠、繧上j繧呈棡縺溘@ 蝗帛、懊↓逕」縺セ繧後@豺キ豐後∈ 蟾。繧雁ササ繧翫※謌サ繧頑擂繧 広間の端にいる有象無象が楽器を鳴らし、不思議と波の音まで聞こえてきた——と言うのも、ウララ達が血溜まりの中を動くのでそのように聞こえるのだ。しかし壁の穴から磯の香りが漂ってきた。暗闇の彼方に海があるはずも無いのだけれど、と、悠飛は額から伝ってきた汗を舌で掬った。  刃物の最後のひと押しは、脊椎を断って台を削った。女の断末魔にも似た不協和音が部屋に響いた。「皆」はまだ唄を歌っていて、二人はクラスメイトの下半身を魚の下にぶら下げた。オオオオ、と地鳴りのような歓声でもって唄が終わり、 「фффф‼︎фффф‼︎」 ウララまでもが地に平伏し、半魚人を崇め奉った。  悠飛は声を出さずに笑った。  だが儀式はまだ終わりではなかった。  近衛兵の一人がヘラヘラと突っ立っている悠飛を台の上に寝かせ——その前にクラスメイトの上半身はハンドルを回すことで台が開き、底無しの暗闇へ吸い込まれていった——「信徒の証」を刻むと宣告した。  青ざめる悠飛の周りにウララのみならず“皆”が集まり、新たな同士を歓迎した。 「痛みを受け入れるのですよ」 暴れてはいけないとウララに利き手をとられ、他の四肢も押さえつけられた。  口を歯医者で用いる器具によって無理矢理開けられ、それから数十分、舌を出しっぱなしにしたまま痛みに耐えた。 「『艱難汝を玉にす』ですよ」 ウララの微笑みも霞んで見えたが、施術が終わると「貴方は立派な人です」と脂汗の浮かんだ額を撫でられ、熱が出た子供のようにその手に甘えた。  信徒達は儀式を終え、左右の扉から別の部屋へと出て行った。広間に残ったのは近衛兵と二人だけで、悠飛は台に腰掛けたままウララの手を離そうとしなかった。 「俺はまだ…お前達の神を知らねえ。あの合唱とか宗教じみたものに…いや、宗教なんだろうが、得体の知れねえ集まりに参加しなくちゃならないのか?」 「そうですね、貴方が望めば…ただ別の方法でもффффに奉仕することはできます」 「咥えてやるのか?」 「何ですって?」 「フェラだよ。魚でも下半身は人間なんだろ?前に歓喜がどうのこうのっつってたじゃねえか。それって言うのは…」 話しを続けようとすると、ウララが「黙りなさい」と言って顔面を鷲掴みにした。 「貴方はффффに奉仕する私を誠心誠意助けてくださればそれで結構。愚かで甘ったれで私に好かれていること以外なんの取り柄もない馬鹿に出来る仕事などありません」 そう断言し、頰肉に食い込ませていた指を退けると彼を台から引き摺り下ろした。  悠飛の背中は自分の汗とクラスメイトの血脂で酷く汚れていた。着替えなければと思っていたが、他の信徒同様、左の扉から広間を出て、また深海のように暗い廊下をウララに連れ回された。  一体どこへ行くのかと思いきや、彼はウララの家だという個室に案内された。  そこは確かに古いラブホテルの様だった。  実際、部屋へ入るなり墨を入れたばかりの舌を吸われ、待てというのも無視をされ、腰砕けになるまで口を塞がれたのだからやっていることに変わりはない。  目を閉じたままハアハアと胸で息をしている彼の唇を指で割り、 「お揃いですねえ」 ウララは舌先を摘んで満足げにフフフと笑った。指で濡れた肉をグニグニ押すのが気に入っているらしく、無理に引っ込めることもできなくて、彼は餌を前にした犬のように涎を垂らす他なかった。 「おお汚い」 涎でびちょびちょになった指を頬に擦り付けられ、彼は片目を閉じ、ぐっと堪えた。  眉間に皺が寄っているので、ウララは「何か言いたいことでも?」と身を乗り出した。鼻先が触れ合う。悠飛は僅かに赤くした顔を俯け、 「何がお揃いだ…他の奴らも同じだろ」 と文句を言い、涎を拭った。 「ふうん。じゃあ私と貴方だけの証が欲しいってわけですね」 視界の外でウララが納得してみせた。  しかし次の瞬間彼は胸を押され、よろめき、ベッド脇に尻餅をついた。意図せず開かれた脚の間にウララが割り込み股ぐらへ手を這わせた。そこを掌が繰り返し撫で上げ、制服のざらついた感触に彼は頭を白黒させた。  唐突に与えられた露骨な快楽に脳が追いついていないところへ、 「悠飛さん。我儘ですねえ。私、まだ貴方に突き放されたの許していませんけど」 ウララの刺々しい物言いが吹き込まれ耳を噛まれる。  彼は苦しげに謝ったが、「許しません」と跳ね除けられ、耳の穴に入ってくる舌を甘んじて受け入れた。狭い穴をぬるぬるとした薄い肉が犯し、その疑似的な行為に興奮して身を縮める。卑猥な水音が骨を伝って聴覚の殆どを支配し、それ以外に聞こえるのは自分の、ハ、ハ、という荒い吐息だけだ。  彼は熱に浮かせた視線を床に落として困ったように眉を八の字にしていた。それを一瞥したウララが、手を全く無遠慮にズボンの中へ侵入させる。先走りで濡れそぼったペニスをしごき、指の間に粘液を絡ませて水飴を捏ねるような音をわざとらしく聞かせてやった。 「気持ちよくなってないで。私にごめんなさいは?ごめんなさいって言え、ほら」 笑みの失せた顔が執拗に彼を責め立てる。彼は必死に謝罪の言葉を叫んだ。するとプライドの砕けたところから酷く爛れた甘い匂いのする欲が噴き出た。  悠飛が甘い腐臭を纏ったことはすぐに露呈した。ウララは彼に自分が許可するまで射精してはいけないと言い聞かせ、返事をしなければ胸の敏感な粒をきつくつねった。そうしたら彼は必ず言うことを聞いたし、そのあとシャツの上から優しく撫でてやればウララを恨むこともなかった。終いには自らひっくり返った蛙のような格好をして、男の不要な部分をいじることを彼に求めた。  しかし悠飛というのは、それ自体を馬鹿にされるとたちまち顔を赤くして、瞳をしどろもどろにさせるのだ。そうして自分の羞恥を演出し首を絞めることで更なる被虐的快感を煽っている。どうしようもない、どうしようもなくかわいらしい、とウララは彼の粘液で汚れた指を、フェラチオでもさせるように丹念に舐めさせた。  彼は従順な犬を演じていたが、まだ牡犬の性質が抜けきっていないようでウララの「射精したいか?」という問いに恥ずかしげもなく頷き、彼が試しに「どうぞ」と両手を広げ自身に受け入れる素振りを見せると、熱に浮かされた目を獣のように蕩けさせ、情欲を爆発させるべく彼へ覆い被さろうとしたのだ。  勿論ウララは彼の期待を裏切り、嘲笑と共に床へ引き摺り倒すとうつ伏せに倒れているところを思い切り引っ叩いた。  それから悠飛は何度も股間を叩かれ、痛みばかりでなく熾烈な快感に諸々の器官をいやらしく疼かせるのだった。  だが倒錯的な淫欲に身を疼かせているのは悠飛だけではなかった。彼の心身に刺激を与え、薄情な言葉ですっかり堕落させてしまったウララも自分の雄としての欲望をぶつけずにはいられなかった。今から挿入することを——ウララに言わせればこれも『共同作業』のひとつだった——悠飛に伝え、コンドームを付けようとした。  けれどもそれをあまりにも熱心に見てくる視線に気づき、「なに」と首を傾げる。 「それ…要らないだろ」 「それってどれです?」 悠飛は顎をしゃくってペニス、ではなくそれに被さるゴムを指した。 「要りますよ」 「なんでだ?好きじゃないのか、俺のこと」 「へえ?なに、馬鹿、」 珍しくウララが動揺した。素っ頓狂な声を上げ、驚きを隠すように「いいから寝なさい」と彼をベッドに押し倒した。 「生がいい」 「駄目です。性知識ゼロですか?好きとか好きじゃないとか関係なしに安全性のためにゴムは必要なんですよ」 「妊娠しねえのに?はあ、そんなのお前が言う神様ってのがなんとかしてくれんだろ…いいからもっと悦くなりたいんだよ、なあ、そんなゴムじゃなくって神様に守ってもらおうぜ」 この男は、というウララの苛立ちが見てとれる。吹出物もニキビもなく端正な顔の中で唯一澱んだ目が眼球の奥で黄色い炎を噴き出していた。 「畜生め」 しかしウララは気づいているのだろうか、悠飛を罵り性急なまでに腰を打ちつけ、色褪せた髪を引ッ掴んでゴムの中に精液を出す、そこに異常な興奮が表れていた。  びくびくと内腿を痙攣させる悠飛の体を引っくり返し、 「泣いている」 と笑い、顎から瞼にかけて涙の跡を舌で辿った。  ウララは悩ましげな微笑で彼を見下ろす。 「不思議ですね。白い涙は出ないんですか」 口に鉄の味が広がった。『白い涙』とウララは奇妙な言い回しをしたが、悠飛がまたもや血の涙を流していたのだ。  彼は言われてゴシゴシと目を擦った。 「興奮すると…」 「目から血が出るんですか?」 ぐずってウンウンと頷くだけの彼に「素敵ですよ」と言ってキスをしてやる。唇にも血の味が染みついていた。彼が首に手を回してきたので胸と胸を触れ合わせ、舌の上で氷を溶かすように口を合わせた。
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