呪術というオナニーは報われるはずがない

5/6
前へ
/65ページ
次へ
私の生活で意識的に過ごしている時間はキュアリビドーのことを考えている時間ぐらい。ウォークマンで聴いてPVを脳内で再現したり、SNSやHPを見てリリース情報やライブを把握したり、ツイッターで曲についての感想を垂れ流したり、そういうのをやっているといつの間にかバスは最寄りに着き家に帰ったらご飯食べて寝る。その繰り返しでキュアリビドーを追いかけている内にすっかり一昔前の東京の地下芸人のことに詳しくなった。事務所の先輩の女芸人である乙原やい子はグラビアアイドル時代枕営業をやっていたが陰毛が臍の辺りまで生えているのでいつも断られていたとか、お笑いコンビ「北から南へ収束」のツッコミの四門という男は、「北から南へ収束」と一時期ユニットを組んでいた中の一人である女性芸人「てんとう虫うえの」と付き合っていたがお互いの風呂の水を飲み比べたり、互いの服を交換したり、人前でイチャイチャする時にはいかにダサい語りで愛を喋って公園にいる人を全員帰らせるかを日々やっていく内にうえのがピロリ菌に感染し、ギスギスしだして別れたにもかかわらず、未だにイチャイチャしているというどうでもいい話ばかり知って蓄積される。日本史で言うところの北条家の家系図とか源氏の家系図とかそういうの覚えないといけないけど芸人の話ばかり脳内メモリを食ってしまう。  動画を邪魔するくらいの歓声が聞こえる。近くで盛り上がっている。彼は昨日夢に出てきた。席が後ろで、プリントを配るくらいの間柄で喋ったことない。その男子が、夢の中で意識ある私の死体をナイフとフォークを持って切り刻み、地道に食べ続けていく。女性器に差し掛かる時、ナイフもフォークも使わずに手掴みで子宮を引き摺り出して頬張るところを見ていると、冥利に尽きるような気持ちになった。この人のこと好きだったっけ? と思い始めていく内に夢は醒めた。あんな濃厚で性的な夢を見るなんて絶対こいつ私のこと好きだろう。はっきり言って私はあの男子をかっこいいと思ったことはない。だけどあんな夢を見てしまった。そこには何か意味があるとしたら、絶対こいつは私でオナニーしているに違いない。そう思いながら放課後を迎えた。椅子に座り、後ろの席を一瞥した。 後ろの席の男子は月刊ムーを片手にカレーパンを齧っていた。2025年、タイムトラベルが10万で買えるようになった。ちょっと頑張れば好きな時代に行ける。ネットニュースより「人類は歴史を折り返す地点にあり、これから退化の世界になる」と伝わってかどうか知らないが人類は過去か未来かに拘ってばかりで今を実際よく感じられていない。芯を食っているのか食ってないのか私にはわからない言葉だ。後ろの男子が友達に言って聞かせることには、ムーによると人類はもっともっと人が嫌いになって孤独を極めていくようになる。それでもつがいを見つけた恋人同士は、どうやってデートをするのかと言うと夢の中だそうだ。ちょっと待って。君って夢に出てきたよね? 後ろの男子は相手の夢に出てくるおまじないについて検索して語る。自分の髪の毛を相手に食べさせたり、相手の名前をノートに千回書いて月夜で照らしたり、相手の声を録音して徹夜でそれを繰り返したり。バッカみてえだな、少女漫画の幼稚なやつだな、とかなんとか言ってるけど、君私の夢に出てきたよね? 後ろの男子がこっちを見た。私も男子を見ていたからわかった。目が丸くなった男子を見て、こいつはどっちなんだろうと思った。私で抜いたか抜いてないか。どちらにせよどうでもいい。私には後ろの席の男子より大事なロマンスがある。教室を出て、ウォークマンを点ける。
/65ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加