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「そうですか、食事とかどうですか」
「あー、病院食にしてはおいしいですね」
「そうなんだ。ありがとうございます」
血圧だの体温だのを測り、大便と小便の回数を報告する。いつも憶測で言う。実際何回行ったかとか数えてない。そんなものだろう。
十時になり、作業療法が始まる。今日は健康体操で、よくわからない動きをしてよくわからない筋肉を三十分かけて伸ばしていく。専用の一室で大勢の患者が特に不満もない様子で参加している。つまんないなあ、と思っていた頃診察に呼ばれた。先生が待っていた。
「光浦さん、入院してみてどうですか」
「いや、さっきも言ったけど、昨日今日の話なんでまだわからないです」
「作業療法どうでした?」
「ああ、つまんなかったですね」
「でも頑張ってくださいね」
「ええ。まあ。暇ですしね」
「あとですね、注射打ってみてどうでしたか?」
「えーと」
あの長い長い夢を思い出した。昔の嫁から振られた光景だったり、硫酸の雨が降ったり。説明するのが面倒臭い。
「そういや久しぶりに長い時間寝ましたね」
「それはそうですね。これから眠剤だしときますんで」
診察が終わった頃には作業療法は終わっていた。
風呂の順番が回ってきた。支度をして、風呂場に向かう。タオルを忘れたことに気づき、振り返るとじっとこちらを見つめている坊主がいた。その身体を避けて、大部屋に戻り、扉の向こうにはまたあの坊主と目が合った。
衣類を脱ぎ、風呂場に入り、椅子を取るとあの坊主がこっちを見ながら風呂場に入ってきた。シャンプーなどをして、浴槽に浸かろうとすると、あの坊主が僕を見ながら背中を流していた。
だんだん腹が立つような、身の毛がよだつような気がして、あまり長くお湯につかれなかった。風呂から上がって、五十嵐さんに聞くと「あの人はそんな人だよ」と言った。女性もあるかもしれないけど、特定の男性を的にして、ずっと見つめる癖があるらしい。
昼食をとってしばらくして、さっき体操したのにラジオ体操をする。僕は遠巻きに眺めていたが、こうしてみるとラジオ体操はひとりひとり全然趣向が違う。石鹸を給湯器であっためていた変なおじさんなんか手を使わずに肩を回したり、手を振る速度を速くしたりしてお手本を見ながらオリジナリティあふれた振りつけで動く。他の人も、よく見れば全員お手本通りに動いていない。身体障害によって動けないのかもしれないけど、見た感じ動けないと言うよりは、やりたくなくてわざと変な風に味付けしている感じだった。
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