断酒学校

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断酒学校

 西日が眩しいのでカーテンを閉めていると、髪がやけに黒々とした男に話しかけられた。 「ありがとうございます」 「いえいえ、眩しいので」 「昨日からですよね」 「はい、光浦と言います」 「よろしくお願いします、野間です」  野間さんはバスの運転手を務めていた。今は定年して、ここに自主的に入院している。所謂「薬中毒症」らしい。ここに通って生かさず殺さずをやっているそうだ。 「ここはすぐ薬を出しますもんね。僕が困ったら考えもせずに出す」 「へえ。まあ僕も注射打たれましたしね。何種類飲んでるんですか」 「8か9ですね」 「そんな次元があるんですね」 「でもね、最近希望が見えたんです」  そういうと、野間さんは腰の曲がった小さな男を指した。 「あの人、僕より薬飲んでるんです」 「へえ。あの人って、よく女部屋覗きますよね。何回も看護師に怒られてる」 「あの人、たしか15種類飲んでるんです」  それは確かに希望だな、と思った。小さな男は、膝から全身が震えていた。その後アルコール依存症の断酒学校が作業療法室であったが、男はそこにも参加していた。  アルコール依存症の患者だけが呼ばれる断酒学校では、プリントが束になったテキストをひたすら読んでいく。読んでいく内に、ふとした単語をきっかけに脳内が異世界へワープしてとりとめのないことを考えていく。そんな人をよく見かけた。僕もやったことがあるが、かなり恥ずかしい。だから前の入院では写経をしてすり抜けていた。 「光浦さん、次の一ページを読んでください」  テキストを捲って読んでいくと、前の病院でも似たような文面だったが、読めない漢字があった。 「すみません、これってどう読むんですか」  テキストには“反擲”と書かれていた。 「反……なんでしょうねこれ。文章を読む限り“反発”でいいと思いますが」 「こんな字を使いますかね」 「俺、見たことない」  他の参加者もテキストについて怪しんでいた。どうしたらこんな文字が出てくるのか。  不思議なまま、断酒学校は終わった。
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