断酒学校

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感染症対策のため、看護師などスタッフはマスクを着用している。嘘つきの準看護師がマスクを外すところを見ると、なんか肩透かしを食らったような気持ちになった。マスクを外すと、「あれっ」って思うことが起こり、そわそわしてしまう。もっと鼻がしっかりとした造りの人だと思ってたとか、もっと口が大きいと思ったとか。  衝撃を受けていると、人とぶつかりそうになった。僕の他にも看護師を見つめている視線があった。その人は統合失調症だ。それ以前に元盗聴マニアで、色んなものに盗聴器をしのばせて聴いたところ、聴いてはいけないものを聴いたらしい、と五十嵐さんが教えてくれた。盗聴できなくなった今、認知がガタガタでよくスタッフと押し問答をしている。その中でも白い顔の看護師は信用できるらしい。 「何してるの」 「あ、吉岡さん、今忙しいから後でね」 「僕ね、NASAにね狙われてるの」 「でもここにいるから大丈夫だよ」 「僕ね、この前魚にビニールひもが入ってたよ」 「それはたまたまだよ」 「僕の居場所を知っているんだ、奴らが僕を狙ってるんだ」  もっと他に恐れるべきことがあるだろう。確かこの人は前科はないはず。NASAよりまず警察を恐れたりしないものか。まあここも刑務所みたいなところだけど。  部屋に戻ると、空いていたスペースにベッドが運ばれていた。リーゼントの準看護師が「勝田さんがここに来ます」と教えてくれた。勝田さんは移動してもなお、ぷりぷり怒っていた。 「ああ、お腹すいた」  五十嵐さんがおやつを食べる傍でそう思うのは仕方ないかもしれないけど、あえて口に出すのはいかがなものか。ああ、やっぱり五十嵐さんがおやつを渡さざるを得なくなった。病院内は原則、おやつのやりとりは禁止である。  勝田さんはまだおむつは取れてないんだろうか。 「勝田さん、僕、光浦と言います」 「ああ、よろしく、よろしく」 「前の病室、いわゆる要介護患者が集められた病室でしょう。おむつしてるって聞きましたけど、それは取れたんですか」 「あー、前よりはマシになったくらいかな」 「勝田さんって何歳ですか」 「六十くらい」  勝田さんは、髭がぼうぼうで白髪交じりだからもっと歳を取っているように見える。第一、バスの運転手の野間さんだって六十だ。 「娘さんとかいるんですか? その人が面倒を見てるんですか」 「いや、姉と弟はいるけど。だから早く退院したい」  そう言ってお菓子をぼりぼり食べた。 「俺が面倒みないと、あいつらうまくやれないからなあ」  だけど、そういう勝田さんもこうして入院している訳なのだから。勝田さんの手の甲には、大きな黒い痣があった。この痣はおおかた、措置室に入れられた時鉄板の扉を叩いてこうなる。焦っても駄目なんだよな。本来正気は何だったか忘れてしまう。  案の定、勝田さんは五十嵐さんとか同居人が何か食べる毎にねだるようになり、五十嵐さんと揉めて、措置室に入れられた。
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