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「コロナですか? それはもう打ってますけど」
「なんていうか。処世術ならぬ処世薬って感じですね」
「は?」
「これからの時代、みんなこの薬打って頑張るんじゃないですか。光浦さんは実験台みたいなものなんじゃないですかね」
「あのー、痛いですか?」
「筋肉注射です。痛いです」
「わかりました……」
看護師が僕の左腕をまくり上げて、針を折り、シャーペンみたいな注射器をセッティングした。慌ててあさっての方向を向き、チクっと刺さる痛みに耐えた。針が肌に食い込み、一時して、一気に液体が皮膚の下に注入された。筋肉注射は二度痛む。刺された辺りが謎の液体でひたひたになると、ブツリと針が抜かれた。
それから病室に着いて、全く記憶がない。
◇
夢をみてる。物心ついた時の最初の記憶がただ流れていく。エスカレーターの手すりの溝に手を突っ込んで取れなくなったり、幼稚園でかくれんぼをして誰にも見つからずに掃除時間になったり。テレビの真似して女言葉を使ったら気持ち悪がられて以降、孤立したり。なんやかんや過ごして、中学生になった。機嫌を取ることばっかりやってた。悪そうな先輩に機嫌を取ったら気に入られて、酒や煙草をやった。その先は気が向かなかった。
心配してくれる女の子がいた。小林香苗。「百歩譲って煙草吸うとして、そのブツを隠すことくらい器用にやってよね!」と何回も怒られた。香苗は隣の席だった。
ある日、仲間に裏切られた。煙草も吸ったのに。酒も飲んだのに。気が付いたら僕はダサいものとなっていた。いつもつるんでいても、その先がないから。
香苗に話しかけた。 なに、光浦くん。 あのさ、僕、小林さんのこと好きなんだよね。 ああ、そうなの。 小林さんは、どうなの。 え、別に。 別に、どうなの? 嫌いじゃないよ……。 そうなんだ、じゃあ、キスしていい? え? いいでしょ、キスしようよ。 わかった、わかった。いいよ。 ありがとう、じゃ、キスするね。
香苗とキスすると、心臓が元気でたのか、ほかほかしてきた。別にしなくてもいいけど、なんとなく香苗の口にベロを捻じ込んでみた。香苗はびっくりして、なにすんの!? と口をもごもごさせたが、香苗が黙ったように、ベロチューは意識がとろん、と蕩けてしまう。僕はこれが病みつきになった。
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