入院初期

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何がでしょうか、じゃないだろう。どう見ても異常行動だ。 「眠れないんですか」 「そうなんです。私、いつも2時に目が覚めて、体操もしてるんですけど、眠れないんです」 「まあ、僕も寝てないけど」 「もし良ければ、ご一緒しませんか」 「は。何がでしょうか」 「負けないで、ご存知でしょう。一緒に歌いましょう」  ファンタジーな世界が広がっているが、目の前にいるこの人は白髪だ。ちゃんと歳を取っている。話を聞いてみると、昔バブルの残り香が弾ける頃、正社員でバリバリ働いている時にパワハラを受けて精神科を受診するようになったらしい。それから職を転々として、教授秘書だの病院スタッフだのやりつつ最近調子を崩してここにいる。 「ここの病院食おいしいですよね」 「そうなんです。この病院はこじんまりとしている割に、行き届いているので感心します」 「へえ。僕は入院二回目なんですけど、この病院はやっぱりいいんですか」 「今までかかったところで一番いいですよ。光浦さん、でしたっけ。飴食べませんか」  差し出された飴は、どこの会社が作ったんだかわからないような、不思議なパッケージの飴だった。とりあえず食べてみたら、ちゃんと甘かった。  6時からテレビを点けて、一番近くのソファーに腰掛け、ぼーっとしながら食事を待った。 「隣いいですか」  どうぞ、と勧めると白髪の男性は深刻そうな顔をして語り始めた。 「僕はですね、いっぱしの営業だったんですよ」 「はあ」いきなり語り始めてきてびっくりした。 「電機店で、店長やって。数字数字の世界ですよ。それで、ろくに家族と喋ってなかったんだなあ」 「そうなんだ」 「家族、大事にしないといけないなあ」  話しかけてきたおじさんは、ふと煙草を取り出して吸った。館内禁煙のはずだが。 「これね、病院が配った紙で作ったの。先をボールペンで赤く塗ってんの」 「芸が細かいですね」  紙タバコはおじさんの唾液でへなへなになっていた。汚いなあと思った。  タバコのおじさんが他の患者に話しかけた。暇なので、隅の方に積み上げられた雑誌を手に取る。女性誌に、よこたん、いないかなあと探してみる。  よこたんとは神山遥子のことで、かねてからテレビの前から応援しているバラエティーアイドルである。いわば僕はよこたんのオタクかもしれない。よこたんは、独自の言葉を開発して、バラエティーで司会者や茶々を入れる芸人を撃ち抜いている。その傍ら、歌手もしている。お父さんも歌手だったので歌手業もうまくいっているみたいだ。よこたんいないかなあ。  さすがに女性誌にはないか。女性週刊誌はどうかなあ。スキャンダルあったら悲しいなあ。おっと。えらい体格のいい人が隣に座ってきた。顔が怖い。 「隣、失礼します」 「あ。はいどうぞ」  しばらくして、テレビがつまらなくなったのを感じた。怖い人はおもむろに辺りを見回して僕で視点が止まった。 「雑誌、面白いですか」
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