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学校に着き、まばらながらもう制服姿の人が居て自分を棚に上げながら「早いな」と呟きが「弟くんもな」と撒けなかった荻野潮が僕の横で「ふあ……」とあくびをする。
早歩きで息を上げる僕とは対照的に余裕げにスマホの画面に視線を向けてから、こっちを見て「んじゃ、高校デビューいってら」と手を軽く振ってのしのしと校舎の方に向かう後ろを姿を見送った。
……結構、あっさり居なくなるんだ。
全然読めない、荻野潮と言う人物のことが。
しつこく絡んでくるかと思ったらするりと居なくなるし、かと思ったら優しくされるし、……キスしてくるし。
全く理解出来ない、別にしたくないけど予測不能過ぎて振り回されてる感じ、そう疲れるんだ。
「……」
今まで身近な他人が要しか居なかったから他の人のことはわからないと言えど、荻野潮が異質なことは変わりないだろう。
それに、もう要と会うことはないんだ、今頃地元の高校で愛想を振り撒いてさぞまたカースト上位になるはずだ、知らない、要なんてどうでもいい。
どうして、急に要のことなんて思い出しちゃったんだろう。
卒業して引っ越して以来、要のことなんて考えてなかった、考える暇がなかったのが正しいかも。
新しい環境でいっぱいいっぱいだったから、でも学校と言うフィールドに来てしまったから自然に要を思い出したのかも知れない。嫌だな、すごく。
「……もう、会わなくていいのに」
連絡先もブロックした、引っ越し先も教えてない、あんなに嫌だった幼馴染みから離れられた、のに。
そこでポケットのスマホが震えるので取り出せば、牛くんからDMが。
『確か今日入学式だったよね、高校デビュー頑張って』と言うメッセージにすぐに返信を打とうとした指が止まる。
「高校……デビュー……?」
ついさっき聞いたばかりの単語に、何となく引っ掛かりを覚えた。
そういうものなんだろうか、僕のイメージの高校デビューってこうイメチェンとかだから。
でも新しい環境になって、それこそ荻野姓になって初めての学校生活が始まる、……要とも離れたし、地元の顔見知りはみんな地元に行ったはずだ、ほとんど知らない人ばかり。うん、高校デビューってことなんだろうか。
『ありがとう、行ってきます』と返してからスマホをポケットに仕舞って、よし、といつまでも足を止めてる訳にもだ、と校舎へと向かった。
「…………板垣?」
「え?」
受付で確認したクラスに向かい、出席番号順に充てがわれた廊下に近くドアから1つ前の席について入学のパンフレットなんてものを見て登校してくる生徒を盗み見て、知らない人たちばかりに安堵していた時だった。
不意に旧姓で呼ばれて顔を上げれば、メガネ姿の黒髪ベリーショートの地味な顔立ちの男子生徒が隣の席に腰を下ろそうとしながら、こっちを見て驚いた顔をしている。
見たこと……あるような、ないような、でも僕の中学までの苗字を知ってるってことは同じ中学だったのだろうか。
「あの……えっと……同じ中学……?」
「あー……ま、そっか、うん、知らないよな、大丈夫。ずっと隣のクラスだったから話したことないし」
「すみません……その」
「あ、や、いいって謝らなくて。一方的に知ってただけだし……おれ、小山宗二」
「あ……の、僕、……苗字変わって、今、荻野……です。荻野佐助」
小山と言う隣の席の生徒にそう言えば、「あ、そうか……」と察した様子で頷いた。
別に隠すことでもないけどまさか同じ中学の人が居るとは、と気まずくなる僕、とは反対に小山は腰を下ろした椅子を近付けてくる。
「じゃあ、荻野。何でこっちに? 普通に地元受けてるもんだと」
「え、うん……親が再婚するから、こっちの高校の方が近かったから……」
「へえ」
偶然マンションからこっちの方が近かったし、再婚で環境変えたかったと言うのは理由になりそうだから適当にそう答えつつ、「えっと、小山は?」と聞き返せば小山は「おれ?」と言うので頷いて促す。
「おれは、1個上の姉ちゃんと同じ高校に行きたくなかったんだよ。……それに、みんな渡利のシンパが向こう行くじゃん」
「!」
突然の要の名前にピクリと体が固まる、そんな僕を見て「あ、ごめん」と小山が謝ってくるのを首を横に振った。
「別に……かな……渡利とその周辺が地元に行くってみんな言ってたよね」
「そう、おれ、あいつらのノリがその、苦手って言うの? 板が、じゃない、荻野ってあいつら、と言うかその……渡利と仲良かったよな。だからビックリした」
「別に、幼馴染みってだけだ。僕も苦手だったし」
「……そ、そうなんだ」
小山が微妙そうな顔をするので、ここで話は終わりかと机に視線を戻そうとする僕に「あ、あのさ」と小山は更に椅子を引き寄せてくる。
「……な、何」
「荻野ってさ……………………ニーナ好き?」
「……え?」
手に持ってたパンフレットをパサリと机に落とす僕に、小山は慌てた様子でスマホの画面をズイッと目の前に翳してきた、そのロック画面には。
「雪乃メグミ……」
そこにはニーナで3大人気キャラの1人、雪乃メグミが居て。
驚いてスマホの画面から視線を外して小山を見れば、小山はメガネをカチャリと指で押し上げた。
「メグたん最推し歴2年、荻野は?」
「……星巡サーラ最推し歴3年……」
「サーラ……っ、またコアだな!?」
「な、何だと……! と、と言うか、何でニーナ好きって?」
小山はスマホをポケットに仕舞いながら「愚問だな」と得意げにメガネを再び押し上げる。
「同胞を嗅ぎ分ける嗅覚がオタクにはある」
「……か、カッコよく言ってるのに、ダサい……」
「うるさい、やっぱ同胞だったか。いや、実は一方的に知ってるって言っただろ?」
「う、うん」
「ずっと話し掛けてみたかったんだよ、他にニーナ好き居なかったからさ、中学に」
小山の言うとおり、確かに中学にはオタクっぽい奴少なかった感じがする。
と言うか僕がいつも要に絡まれて周りがカースト上位っぽかったから見れてなかったのもあるかもだけど。
「僕も……アニメの話をリアルの人とするの初めて、存在したんだ」
「す、するだろ……中学には結構アニヲタとかカードゲーマーとかFPSガチ勢とか居たぞ」
「え、そうなんだ」
知らなかった、要に「そんなの好きな奴居ないよ」と言われたから。
ネットではこんなに居るのに、とか諦めてネットに入り浸ってたっけ。
小山はため息を溢してから、「……荻野ってさ」と言ったところでチャイムが鳴り響く。
「また後で話そう、何せ同じクラスだから時間はある」
「そ、うだね……」
おそらく担任だろうと言う先生が教壇にやって来て、全員が着席してるのをそろっと見渡せば、そこには当然要や同じクラスだった人なんて居なかった。
ああ、僕、本当に新しい生活始まったんだ。
隣の席をチラッと見れば小山と目が合い、ニッと笑みを向けられて慌てて視線を黒板へと向ける。
新しい学校、知らない人たち、新しい要以外の初めてのリアルの友だち、なんて出来るのかも知れなくて。
「……こ、高校デビュー、かあ……」
荻野潮や牛くんに言われた単語を呟く、確かにそうかも、真新しすぎてドキドキする、緊張と期待と高揚感。
いつもああだこうだ言ってきて何でも決めつける幼馴染みが、渡利要が居ない初めての学校生活、何でも僕が選べるんだ、話す人も放課後何かしたいと思っても、全部自由なんだ。
部活も、バイトだってしてもいいのかも知れない、母さんも仕事が大変じゃなくて、生活に余裕がある、だから僕ももしかして好きなことしてもいい?
ああ、本当だ、これって高校デビューなんだ。
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