第2話

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見上げさせられた視界に映る幼馴染み──渡利要が「佐助?」と諭してくる声色で呼んできて、全身が更に怖気が走った。 こいつは僕を、自分の思い通りにさせたい時決まってこういう声色を使うんだ。 僕の好きなものを否定して、嫌がることを押し付けて、何でもかんでも自分が正しいと言わんばかりに。 「は……っ、かな、め……地元、地元受けたんじゃ、ないの……?」 だから口答えしようにも、要が優位過ぎる状況では危ないかも知れない。だからまずは相手の下手に出るように聞けば、要は人に好かれる笑みを向けてくる。 「ああ、別にこっちも学力変わらないからどっちでも良くない?」 「良く……でも、要の友達みんな向こうに全員行ったのに……?」 よくわからないノリで仲良くしてきた人たちばっか居ただろ、いつも一緒に居た……横谷とか土田とかなんて小学生の頃から要と仲良いはずだ。 僕のことは毛嫌いしてたけど。 「でも、佐助居なかったじゃん」 「そ……う、だけど……だから僕、幼馴染み離れするって」 「何で?」 「え……?」 「何でそんなことする必要あるんだよ、必要ないだろ? ずっと一緒だったのに今更だし、一方的に決めて酷いだろそんなの、ちゃんと話し合いもしないで勝手にさ」 それはそうだ、けど。要が言うのは解せない。 だっていつも一方的に決めつけて勝手にするのは要の方だ。 「そんなの、要には関係ないだろ……!」 僕の意見なんて聞いたことないのは要なのに、そう思ったら腹が立って要の腕を思いきり振り解いていて。 その反動で手が開いて、何となく持ってたままのミルクキャンディが音を立てて地面を転がる。 「あ」と何故か追い掛ける僕の耳に「は?」と言う声が聞こえ、そして大股で僕の横を通り過ぎた要はそのミルクキャンディを手に取ってこちらを振り返った。 その顔からは笑顔が消え去ってた。 「何これ」 「何って……」 「これ、荻野……先輩が好きなやつじゃない?」 「え? 何で知っ……あ」 ああそっか、要は荻野潮とキスした仲だ、荻野潮はどうでもなかった風だけど要は冗談でそんなことするやつじゃないから好きだったかも知れない、知ってて当然だろう。 納得する僕の前で「佐助!」と要は声を荒げる。 「荻野先輩、何なんだよ! 前も部屋に居たし、あんなのに近付いて……やめなよ、あんなのと関わるなんて!」 僕だって嫌だけど義兄になってしまった相手と関わらない方が無理だ、それを要に言いたくない。 そもそも母さんが再婚したこと知らないのかな、要から察しが良いからわかるんじゃないの? 答えずに居る僕の手を掴んで「佐助」とまた呼び掛けてくる、反対側の手の平に乗せたミルクキャンディを目の前にズイッと見せつけてきて。 「俺から離れたから荻野先輩に絡まれるんだ、何か困ったことあるだろ、俺が助けてやるから」 「困ったことなら今じゃねえの?」 「え?」 ヒョイっと目の前のミルクキャンディが上に持ち上げられ、それを目で追えば僕と要の真横に見慣れてしまった長身がいつの間にか居た。 ミルクキャンディを広げて口に入れてもごもごと舐め始める荻野潮は、「荻野、先輩!?」と僕の肩を掴んで離そうとする要に「ははっ」と笑って暢気に片手を上げる。 「よっ、話題の渦中のオレ参上」 「何で、ここに!?」 そうだ、授業があるって言ってた、いつも通りだって。 それなのにこんなところで堂々と居ることに驚いてると荻野潮とバチリと目が合ってウインクしてきた。 「問題でも起きてんじゃねーかと思って来てみたらビンゴってワケ。ここ住宅街よ? 騒いで迷惑になってんじゃねー?」 「そんなこと関係ないじゃないですか、というか佐助に近づかないでください」 「そっくり返してやるよ、ストーカー。君、逃げられて追い掛けてキモ過ぎね?」 「何……ストーカーはそっちだろ!」 「自覚ねーのウケる」 要に笑ってから僕を見て顎をクイッと道路の方を差す、振り返れば青信号が点滅してる。 今行けってことかな……まさか、助けるつもりなんて。 要の手をまた振り払って僕は荻野潮に従って横断歩道へと走り出す、後ろから「佐助!」と呼び声と「おいおい赤信号渡るなんてしねーよなー優等生くん」と言う煽りを背にしてマンションまで走り抜けた。 「……はあ、はあ……」 部屋まで帰ってきてスマホを取り出せば、荻野潮からメッセージが。 『無事かね、マイブラザー』と言うメッセージ見て『ありがとうございます、サボってまで』と嫌味を添えて返せば『弟くんのピンチに駆け付けるとかイケメン過ぎて照れてんの?』とスタンプ付きで返ってきた、自己肯定感がすごいなこの男。 呆れてスマホを机に置いてからベッドに背中から身を投げる、今日はたった半日で色んなことがあった。 「……要…………」 楽しくなりそうだと思ったのに、新しい生活に浮ついた心がたった1人の存在に塗り潰されて嫌で嫌で嫌で、うつ伏せになってシーツに顔を沈める。 初めて要以外に新しい友達が出来るかもと嬉しかった気持ちが同じ真新しい制服を着た幼馴染みが許してくれないかと思うと、また高校3年間も要に振り回されるのかと思うと辛すぎる。 何で仲が良い友達から離れて僕しか知り合いが居なそうな高校に来たんだ、そんな僕を自分の都合に振り回すだけにしても重すぎる。 昼ご飯を食べようにも食欲が失せてしまってる、衝撃が強い……でも何か口にしたいかも、とポケットに手を入れても。 「……ない」 朝貰ったミルクキャンディはさっき荻野潮が食べてしまった、いらないと思ったのに今こんなにも欲しいのは食欲からじゃなくて……多分、何かに縋ってでも要でいっぱいの思考をどうにかしたいのかも知れない。 「……」 現実逃避と思いつつも起き上がってスマホを取り出す、懲りずに未読のスタンプが2つ着てるメッセージを開けば、既読に気付いたのかまたスタンプを送ってくるこの自称兄は暇なのか。 『そのスタンプって課金ですか?』と気まぐれに送ってみる、要のこと考えなければ何だっていいやと思った僕のことなんてバレバレなのだろう、『オレ、今授業中なんですけどー?』って即レスしてきた。 どうせニヤついてるのかと思うと、『じゃあちゃんと授業受けてください』と返せば、急にスタンプをプレゼントされて『ポイント余ってたからやるよ、入学祝い』と続く。 開けば荻野潮からよく来る、微妙に可愛くないうさぎのスタンプ。 「アイコンもだけど、うさぎ好きなのかな……」 前も聞いた気がする、イマイチわからないけど『ありがとうございます』と返しておいた。 そのあとはSNSを眺めて過ごし、帰ったきた荻野潮、そして母さんと聖一さんと話して気を紛らわし、寝る準備をして部屋に向かう僕に「弟くん」と荻野潮が声を掛けてくる。 「何ですか」 「んー? 何身構えてんだよ、おやすみってだけだろ」 「……おやすみなさい」 ドア開けて中に入り、閉めようとする僕の耳に「寂しそうだな、添い寝してやろーか?」と聞いてくるのを聞かなかったことにしてドアを閉めた。 「……要のこと、家で考えないようにしよう」 折角、要のこと考えないようにしてきたんだから、せめて家では考えたくない。というか予想不可能な荻野潮が居るから考える暇がない。 そういう現実逃避くらいしか自分を慰められなかった。
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