第2話

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「うわ、……荻野、どうしたんだ?」 「…………うん」 翌朝、まだ準備してる荻野潮を置いて駆けるように早い時間に登校し、ほぼ無人の校舎も駆け足で進んで教室に着くやいなや自分の席に突っ伏して息を潜めてた訳で。 小山が驚いた顔で声を掛けてくるので顔を上げれば、遠巻きに他のクラスメートたちも僕のことを見てることに気付いて恥ずかしくなった。 入学早々奇行を晒すヤバいやつだと思われたかも知れない、これも全部全部全部……、そこでハッと教室中を見渡す僕を「や、マジで大丈夫かよ」と小山が椅子を近付けながら小声で聞いてくる。 「そんな怯えきっててこっちがビビるわ、小動物でもそんな震えないね。……何か、あった? 不良に絡まれたとか? この学校、確かあんま治安良くない勢居るけど」 「え、そうなの?」 「知らんのかい。まあこのクラスは平和だけど、よそのクラスとか、まあ上級生とか結構だぞ? 有名どころだと……3年の……何だったっけ、何とか潮って人」 そこでまさか、いやまさかじゃないな、納得の問題児の義兄の名が上がるのを聞きながら「同じ中学だったけど」と小山は眼鏡を押し上げる様子を見、その問題児と家族になったやつが目の前に居ると知ったらどうなるんだろうと言う好奇心と、そんな問題児や不良よりも嫌な存在がこの学校に居ることを思い出して胸やけのような不快感に襲われてると、「荻野」と心配げに背中を撫でられてビクッと震えてしまった。 他人からの接触、要や荻野潮以外にほぼされたことが無かったので思わず身構えつつ、驚いたように手を離す小山に「ごめん」と謝ればすぐにやれやれと笑われる。 「嫌だったらこっちこそごめんだな、急に触るとか」 「い、や……とかじゃなくて、な、慣れて無くて」 「そっか」 嫌な顔をせずに優しげに笑ってくれる小山に、今までこんな風に接してくれたのが母さんやおばあちゃんくらいだったから、妙にむず痒い気持ちで居ると「で?」と聞かれた。 「何があったんだよ……不良じゃないなら、何に怯えてんだ、昨日あんなウッキウキだったじゃん」 「うん……。……じ、実は…………かな、…………渡利がこの学校に居る…………」 そこで声を潜めながら、言いたくない気持ちを振り絞って言えば、小山の顔が驚愕と言った様子で眼鏡が少しズレる。 「は……? いや、待て、……何で居るん……?」 僕の気持ちを代弁してくれてる、同じ気持ちだ。 「え、や、渡利地元行ったんじゃなかった?」 「僕もそう思った……けど、昨日、居て……」 「え、待てよ?」 そこでバッと小山が辺りを見渡す、そして安堵した様子で「居なかったー」と胸を撫で下ろした。 「つか、同じクラスだったら昨日気付くわな、ビビったー」 「あ、そうだ……そうだよ、じゃあ、別のクラスなんだ……」 「そうだろ、そうそう、はー普段の善行がこんなとこで光るとはね」 「……うん」 「……今のはツッコむとこなんだぜ、荻野」 「え? ごめん、もう1回言って?」 「やめろやめろ、もう1度スベらすつもりか」 小山が何やらボケたようだったけど、そんなことより、だ。 そうなんだ、要と、別のクラスなんだ、僕。 中学までずっと、ずっとずっと、同じクラスだった。 嫌気が差す程にずっと僕は渡利要の影だった、のに、今はそうじゃない。 同じ学校だから同じクラス、という固定概念があり過ぎた、でも違う、クラスだけでも要から離れられた。 これは大きな一歩だ、すごい、まだ要から離れられる可能性が秘めてるんだって思うと嬉しくなってきた。 「……一喜一憂って、こういうこと言うんだなあ」 「え?」 「おれの目の前で一喜一憂ならびに百面相を繰り広げる、ノーポーカーフェイスさんが居て」 「……バカにしてる」 「あはは、素直ってことだろ」 小山はそう笑って椅子を引いて戻すと同時にチャイムが鳴って、担任が入ってきて他のクラスメートも慌てた様子で着席するのを見ながら、僕は肘をつきながら口角が上がるのを感じる。 ずっとこの空間に居たいな、要も荻野潮も居ないこの空間に。 そんな希望は休み時間のチャイムと共に砕け散った。 「すみません」 とよく通る、そして聞き慣れた声に僕はすぐに机に突っ伏して心拍数が爆上がる、その横で「うわ」と小山の声が聞こえた。 黒板側から数人の女子の上擦った「え、誰?」「カッコいい」と言う黄色い声と、「隣の渡利って言うんだけど」と言う、そう、要の声とバクバクと鳴る心音が鼓膜を刺激する。 「このクラスに、板垣、って人居る?」 「板垣……?」 「居ないよねー」 「うん、ここに板垣って苗字は居なかったはず」 「そうなんだ……ふーん……わかった、ありがとう」 「探してるの? あたしたちも一緒に探そうか?」 「ありがとう、でも大丈夫。他のクラスでも聞いてみるよ、じゃあね」 女子たちの「ばいばい渡利くーん」と言う甘い声を遠くで聞いてると、後ろでドアを閉める音と同時に「荻野」と小声で声を掛けられた。 「渡利のヤツ……通り過ぎてったぞ」 「う、うん……ありがとう」 小山の声にのろのろと顔を上げれば、要の姿がないことに息を吐く。 深呼吸で心拍数を落ち着けてる僕、を見ながら小山が「……なあ」と声を潜めた。 「渡利、お前のこと……、……!」 「え、な、なに……」 上げた頭に手が乗ると、そのまま上から押し付けられてまた突っ伏すことになり、抗議の声を上げると「顔、上げるな……」と小山の切羽詰まったような低い声を出すので何なんだと思ってると、ガラッと後ろからドアが開いた音がして。 「ねえ、何か楽しそうだね」 「!」 ヒッ、と喉が鳴るのを何とか抑え込んで息を潜める僕の真後ろから聞こえた声は、また要で。 心音がまたバクバクと大きくなる僕の頭を抑える小山の手が震えるのを感じた。 「な、んか、用?」 「いや、別に。ただ、そう。そこの彼、具合悪いの?」 「は……いや、寝てるだけ」 「ふーん……」 「よ、用が無いんなら早く戻った方が良いんじゃないか? もうチャイム鳴るし」 「ああ、本当だ。教えてくれてありがとう、ええと……」 「……何だよ?」 「いや……君、何処かで会ったことあったかな?」 「……。……他人の空似ってヤツ?」 「そうかな、ごめん、じゃあ──またね」 またドアが閉まる音が聞こえ、隣の息を整える呼吸が聞こえて。それから「……よし」と小山が手が頭から退く。 そこでチャイムが鳴った。 「頭、痛くなかったか? ごめんな」 「いや、うん、大丈夫……」 顔を上げれば、青い顔をした小山が「顔色悪いぞ」と言われたけど、お互い様と言う返しをする前に「静かにー」と授業が始まってしまう。 僕も息を整えながら、まだ早くなってる脈にお腹に手を当てる。 僕が要を避けるだけ、なのに小山に迷惑を掛けてしまった。 どうしよう、と思ってるとポケットが震えるので、こそこそと先生の目を盗んでスマホを取り出して確認すると、荻野潮からメッセージが届いてて。 『弟くんが置いてくから今登校したんだが、お兄ちゃん悲しい』 とスタンプと共にくだらないメッセージにさっきまで緊張してたのに一気に脱力して目眩がした。 『朝から準備してたのに何で遅れたんですか』と返せば、『お、授業中なのに!』『悪い子だな弟くんは!』『誰に似たのかなー?』『お兄ちゃんの模倣?』『いやあ照れるなー!』と怒涛のメッセージラッシュに呆れてしまい無視しようかとしまおうとしたところで、『野良猫と戯れてたら遅れた』と続いて、理由すらくだらなくて。 昨日プレゼントしてもらった微妙に可愛くないうさぎのスタンプを送れば、同じスタンプを送り返してくる。 やれやれ、とスマホをしまって教科書を開きながら、さっきまで乱れてた呼吸と心拍数が落ち着いてることに気付いたのだった。
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