第2話

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次の休憩時間、授業が終わった瞬間に机に突っ伏すことにした。 このままじゃぼっち陰キャの位置付けされてしまう、その通りなんだけど関わりたくない人物がまた来るかも知れない方が嫌なんだから仕方ない。 隣で動く気配がし、椅子を動かしてきたんだろう小山が「大丈夫……じゃないよな」と心配した声色で聞いてくるので「うん」と返す。 こんな奴に話し掛けて小山の印象まで下げたくない、いくら同じくニーナ好きって言っても会って2日でこんなに親切にしてくれるんだ、心根が卑屈な僕と違って優しいんだろう。 そっと顔を上げ小山の名を呼ぼうとしたら、僕の席の傍に居るのは小山だけでは無かった。 「荻野……だっけ? 朝からずっとそうしてるけど大丈夫?」 「荻野くん顔色マジヤバいよ」 「え……はい」 クラスメートだろうか、何人か男女が心配そうに僕を見下ろしてて何が起きたんだとフリーズしてると、小山が小声で「心配してくれてるに決まってんだろ」と呆れたように教えてくれる。 心配? クラスメートが? 動揺しながら顔を上げれば、席に座ってる生徒たちも僕をチラチラと見てて、その視線は侮蔑的ではなくて周りで見下ろしてる生徒たちと同じようだった。 「えっと……ごめん、なさい……?」 「何で謝ってんの? え、無理そうなら保健室行きなね」 「1人で行ける? ついてこうか?」 「え、や……1人で、行けます……?」 困惑しながら立ち上がったらちゃんと椅子を引けてなくて躓いてしまい、よろけたところを咄嗟に小山が支えてくれた。 「マジで体調ヤバそうだね、保健室行った方がいいよ」 「おれがついてく、掴まって」 「う、うん……」 支えられながら席を離れ、「先生に言ってくから」「ゆっくりなー」と見送られるのをとりあえず頭を下げて小山と廊下に出る、どういうこと……? 「そんな鳩が豆鉄砲を食ったような顔して」 「わ、ワードチョイス古……」 「元気そうだな。ま……とりあえず行こうぜ」 小山が辺りを見渡して背中を押すように歩き出す、そう言えば保健室の場所知らないかもと小声で小山に言えば、今度は小山がそれこそ"鳩が豆鉄砲を食ったような顔"をしていて。 こういうのは1階だ、と言うところでチャイムが鳴った。 「……渡利とさ」 「え?」 「いや……高校生活早々授業サボる気分はどうだよ」 「それは小山もだろ……何か、不思議な気分」 今まで、物心ついてから中学卒業まで、誰かが僕を心配してくれたことなんて無かった。 みんな要しか見てないし僕のことを嫌ってて、具合が悪くたって『渡利くんの気を引こうとしてる』と嫌味を言われるくらい。 要は僕のことを心配したって『渡利くんは優しい』のスパイスになるくらいで、いつだって要主体だった。から。 第二の人生、と言うやつに。突然の環境の変化についていけないのだ。 今まで要存在が色濃く付き纏った環境だった、それが普通だったのに、要が介さない集団生活にいざ入り込むと何が普通のことかわからない。 「これが普通、なのかな……」 「……2次元出身?」 「バカにしてる」 「いや、リアルで中々聞かない台詞来たから。何が普通? 具合悪そうなヤツ見たら心配ぐらいするじゃん」 「そう、だよね……」 それに僕が当て嵌まることが不思議だった、でも要が居ないならそういうこともあるんだ。 そこで首を振る、要から離れると決めたのに要と同じ学校と知ってから要のことばっか考えてしまう、そんなの嫌だ。 折角クラスが違うんだ、会わない時まで要のこと考えなたくない。 そこで小山に振り返ると、驚いた顔をしてる。 「メ、メグミの好きなシーン、どこ?」 「は? ……お前それ、こんな時に聞くか? おれがメグたんのことを語る時は最低2時間コースだぞ」 「2時間はちょっと……」 「移動中で授業中だしな、興奮しない自信がない。ニーナ話は今度マジでしようぜ、というかSNSやってない? 相互なろうぜ?」 「あ、やってる……けど、り、リアルで人にアカウント教えたことないから緊張する……」 ポケットに手を突っ込み、スマホを握り締めながらそれにSNSにはイラスト投稿とかもしてるからちょっと恥ずかしい、と視線を泳がせてれば小山が一旦黙ったあとスマホを取り出し少し操作してから「ん」と画面を見せてきた。 反射で見れば見慣れたアカウントのプロフィール画面……え? 見慣れた手書きサーラアイコンの『すけがき』のペンネーム……僕のアカウント……僕? 「え、え?」 しかもフォロー中の文字に驚き顔を上げれば、小山が気まずそうに眼鏡を押し上げた。 「……2年前くらいから、フォローしてる……けど?」 「え!?」 びっくりして大声を上げてしまい、慌てて口を押さえる。 ちょうど階段だったのでギリセーフ……であって欲しい、いやそうじゃない、え、待って。 「2年前から……そ、相互じゃないの?」 「相互じゃない、フォローした時鍵だったからな……板垣……荻野とわかってから鍵外したけど話し掛けてはなかった。いいねはしまくってたけど」 「え、フォローする、あとでする」 「あーね。ストーカーみたいでキモかったら悪い」 「いや、別にそれは……」 わかりやすいペンネームだし、僕と知られてもおかしくはないだろう、けど。 あ、だから初対面でニーナ好きかどうか聞いてくれたんだ、納得。 と1人頷いてる僕をじっと見て、小山は顔を逸らした。 「ずっと話し掛けてみたかったって言ったろ……だったし、いつも……されて……」 「え? 今なんて?」 「それより、ここ保健室じゃないか?」 「本当だ」 衝撃なことが立て続けに起きてそれどころじゃなかったけど、授業をサボった理由を思い出して保健室のドアをそっと開けて入れば無人だった。 「誰も居ない」 「一応、中で休んでたら? 顔色は悪いから戻ったらまた心配されるだろうし」 「……そう、する。小山は戻る?」 「戻るよ、優等生だからおれ」 「そうなんだ」 「ツッコミわい」 どうやらまたボケたらしい、漫才とか知らないからタイミングが難しい。 戻ってく小山を見送って、保健室の中に入るが別に体調不良じゃないから近くの椅子に座り、息を吐いた。 「はあ……」 色々疲れた、要のこともだけど。 クラスメートや小山の優しさに慣れない自分に、疲れる。 僕なんかに優しくしたって良いことなんてないのに、と卑屈な気分になってく、いけないなと首を横に振って小山のアカウントでもフォローバックしようとSNSを開く、と。 牛くんからちょうどDMが届いた。 『すけくん、学校どう?』 そう言えば昨日デビュー頑張って、以降やり取りしてなかった。いつも夜とかも連絡し合うのになかったから心配してくれたのかも知れない。 ……クラスメートとかに心配されるのは落ち着かないのに、どうしてだろう牛くんに心配されるのは純粋に嬉しい。 「ずっと交流があるからかな? 関係値とか」 いつも相談に乗ってくれて、何でも話せる存在。唯一の友だちだから。 まだ慣れなくて戸惑ってます、と返せば『今返ってくるってことは、サボっちゃった?』とそんなことまで見透かされて恥ずかしい。 ある程度やり取りして一段落ついてスマホをポケットに仕舞い、壁にかかってる時計を見ればまだ授業は半分くらいある。 どうしよう、終わるまで居たほうが良いよなと思ってる時だった。 ガチャ、と保健室のドアが開いたのは。 「んー? 先約居たわ」 「!」 そして入って来た人物に思わず身構える、出来れば最低限会いたくない義兄こと荻野潮が僕を目で捉えるとすぐにニヤと口角を上げてドアを閉めた。 「あらあら弟くん、もうサボってんだワルい子だなー」 「……具合悪いんです」 「ふーん、ならベッドで休めよ」 そう言いながらどかりと隣に腰を下ろしてスマホを弄り始める荻野潮に、「先輩もサボったんですか」と聞けばすぐにスマホからこちらに視線を向ける。 「そ。似た者同士だなー兄弟似ちまった?」 「似てません」 「お兄ちゃんに影響受けちまったのかーいやぁわかるわー、尊敬してる年上の真似してーってな」 「……」 尊敬なんてしてるはずもないだろう、と言えるはずもなく視線で伝えてれば「なぁに?」とクスッと笑った。 「キス、してーって?」 「全然違います」 「遠慮すんなよ、兄弟だからトクベツにいつでもしてやるって」 「兄弟なら絶対にしないでください」 「ムキになってかーわいー」 「……はあ」 会話出来ない、疲れる。 さっきから疲れてたのに、一層疲れて喋るのやめたいと首を振る僕の手を掴まれて、手の平にころんといつものミルクキャンディが。 「疲れた時には糖分っしょ」 「疲れさせたのは先輩だし」 「へー言うよーになって、カラダも疲れさせてやろーか?」 「……運動でもするんですか?」 「あはは、かわいすぎ」 何言ってるんだ、ご機嫌そうな荻野潮はミルクキャンディを口に含んで舐め始めたので、釣られて僕もミルクキャンディを口に放り込んだ。 相変わらず甘すぎたけど、昨日食べそびれたからか本当に疲れてたのか、何だか無性に美味しく感じた。 もごもご舐める僕を見て、荻野潮はニヤリと笑う。 「ストーカー」 「……え?」 「弟くん、ストーカーされてんだろ? お兄ちゃんがどーにかしてやろーか?」 「……何が?」 「ああほら、イケメンくん、とか?」 「……要、のこと? どうにか、ってなんですか?」 ストーカーってなんだ、イマイチピンと来ない僕、にズイッと近づいて来た荻野潮にビックリしてると「弟くん」と顎を指で持ち上げられた。 「お兄ちゃん助けて、って言えば何でもしてやるぜ」 「……からかってますか?」 「なぁんで。可愛い弟が出来てうきうきなだーけ、なあ、お兄ちゃんって呼んでごらん?」 「っ……、やだ……」 顔を近付けてくるのを手で肩を押す、けどビクともしない。 「──佐助、潮って呼べよ」 「え……」 じっと。 間近で見つめてくる顔は笑ってるのに目は真剣で、ゾクリとした感覚に襲われて。 何なんだと口を意味もなく開いて、閉じる。 そして目を瞑って、「……先輩、じゃダメですか……」とやや拗ねた声を上げてしまう。 兄呼びはまだ出来ないけど、名前呼びは何故か緊張して呼べない。 そこでいつそんなに時間が経ったのだろう、チャイムが鳴り響いてあっと目を開けた瞬間。 「かわいい」 ちゅ、と額に唇を押し当てられそこで小さく小さく、呟かれる。 「……ストーカーに、見られてんぜ?」 「え? ちょ、やめて……」 「はは」 ちゅ、と再び額にキスされ、口じゃないならいいとかじゃない、何してるんだこの人、いい加減にして欲しい。 そこでスッと離れ、荻野潮はゆったりと立ち上がって近くの棚に近付くと何か取り出してこっちに投げ渡してきた。 思わず受け取ると、それは体温計。 「弟くん、ガチで体調悪いんじゃねーの?」 「え?」 「熱くね?」 「……」 自分の額をトントンと指で叩く荻野潮を見て、無言で体温を計る。結果は微熱程度で。 そこで保健室の先生がやって来て、顔色が悪いのか「あら、まだ休んで行きなさい」とベッドに休まされたのを見て「おやすみ」と荻野潮が頭を撫でて去っていったのだった。 ……これ、具合悪いとかじゃなくてストレスだろ、多分。
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