第1話

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第1話

「佐助、そんなの見てないでみんなと遊ぼう」 幼稚園の頃、大好きだったロボットアニメを見てる僕の手を引っ張り、外に遊びに行こうと言う要にショックを受けた。 「……そんなのじゃ、ない……」 「佐助」 「かなめだけ、行けばいいだろ、ぼくは行かない」 「どうして? みんなと遊ぼう」 「いやだ」 「佐助は本当にワガママだな、大丈夫、おれが居るから」 要が居るから何だと言うんだ、僕の好きなものをそんなの呼ばわりしたのに。 でも、ここで要を拒否したら要はしつこいし、誰も彼も要の味方なので僕のせいで雰囲気が悪くなってしまう。 差し出される手に奥歯を噛み締めてからテレビの電源をオフにし立ち上がれば、みんなが大好きな要の笑顔の眩しさに目眩がしてると外へと引っ張られた。 いつも、いつも自分の都合に僕を巻き込んで、それが僕が喜ぶのだと勘違いしてるのが本当に嫌で。 本当は何度も繋がれた手を振りほどいて逃げたかった。 でも、母さんと要の親は昔からの親友だし、要は人気者で僕に飽きずに構ってくる唯一無二の友だちだった。 僕が良いと思ったものは全部他の人にとっては悪いものだと常に突きつけられてるみたいだった。 「……ん」 目を開けると見慣れた天井にそっと息を吐いてから上体を起こせば、布団以外は段ボールが数個程度しかないがらりとした部屋に「ああ……」と頭を掻き起き上がる。 今日は卒業式で、それが終われば午後から引っ越すことになってて、制服を着替え部屋から出るとほとんど何もないがらんとした自宅。 母さんは先に引っ越しを昨日のうちに済ませて、夜は帰ってきたけど早朝のパートに向かってしまった。 昼には再婚相手、聖一さんと共に卒業式を終えた僕とこの僕の私物が入った数個の段ボールを取りに来て管理会社と退去のやり取りをするらしい。 「……おばあちゃん家に引き取って貰えなかったな」 顔合わせ後、引っ越しの日程などを決めてから帰宅してから母さんに新婚の邪魔になるならおばあちゃんの子にして貰えないか頼んでみるって言えば、「馬鹿なことを言わないで」とキツく怒られてしまった。 本当は、義兄が嫌で一緒に住みたくないからなんだけど、と思ってたら後日聖一さんがアパートにやって来て頭を下げてきて。 「潮の態度で怖がらせて申し訳なかった、あの子をきちんと躾けられなかった私の責任だ」 「え……いや、あの……」 「……見た目通りの不良に育ってしまったから、基本的には家にあまり居ないんだ。私が休みの日以外はね」 「……休みの日以外は、ですか?」 不良なら親が休みの日こそ居着かないんじゃないか、と思ってから聖一さんの顔を見て彼と仲は良いことに気付く。 何かあったらすぐ言ってくれたら注意する、と聖一さん、義理の父親となったばかりの人と連絡先を交換した。 母さんとおばあちゃんと要、以外で初めて人の連絡先を手に入れてしまったのだった。 卒業式、と言っても見に来る家族が居る訳でもなく、別れを惜しむ先生や友だちが居る訳でもないので、退屈な式とHRが終わり卒業証書を片手にさっさと廊下を歩く。 行く先々で別れを惜しむ声を聞きながら目立たないように進み、昇降口にたどり着いて息を吐いた。 ようやく長かった中学生活も終わる、此処を出れば文字通り新しい生活が始まるんだ。 「渡利くん、第2ボタン下さい!」 「ちょっと抜け駆けよ!」 「女子にやると揉めるからおれたちにくれよ、要!」 「ははは……そうだな、でもちょっと待ってくれるかな」 「!」 集団が近付いてくる気配、その中心が要と分かりすぐに外へと出た。 見付からないうちに、さっさとこんなところ出てしまおう。 出てしまえば、要を遠ざけることが出来るんだし、とまだ卒業の余韻に浸る人垣に紛れながら足早に校門の方に向かう。 と、校門の横を抜けた時だった、横からぬっと手が伸びてきて腕を掴まれた。 「ひっ!? な、に、むぐぐ!?」 「しーっ」 「む!?」 もう1つ伸びてきた手に口を塞ぐように覆われ、くいっと校舎から見えない位置まで引かれると目の前にはこれから嫌と思っても顔を合わせなければならない、僕の兄となってしまった男、荻野潮がニッと笑ってて。 何で此処に、と言うか何で捕まってるんだと逃げようとする僕に「弟くん、久しぶり」とのんびりと声を掛けてくる。 「弟くん、家族なしで卒業ってのはやっぱ寂しいと思ったやっさしーお兄ちゃんが迎えに来てあげましたよー嬉しーだろ?」 「……え?」 覆われてた手がするりと離れたけど、出た声はそれしかない。 しかし兄を名乗る男は気にせず校舎の方、と言っても校門が壁になってて何も見えない方へと視線をチラリと向けてから「ははっ」と笑った。 「引っ越し、あるだろ弟くん。さ、行こうぜ?」 「え、何で、あの……」 「ほーら、ダッシュだ弟くん! お兄ちゃんとお手々繋いでこーぜー!」 「ほ、本当に何なんですか!? あの、ちょっ……!」 腕を掴んでた手は僕の手首を掴み変え、くいっと引っ張って急に走り出すので、たたらを踏みながら訳もわからず僕の足も動き始める。 でも、要に引かれる手みたいに離さないって力強く握られる訳じゃない、力を込めれば簡単に振りほどけそうな優しめな力で引かれるそれ、そしてダッシュと言いながら緩めの速度に進む後ろ姿に混乱してしまう。 混乱しながらも、確かに僕は、新しい生活へと進み始めたことに振り返って離れてく中学校を見て思ってさっきまで居た校門に人影が見えてゾッとし、すぐに前を向けば長身の背中はそのままだった。
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