第1話

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誰か来た、と言う事実に頭がようやく動き出して口元を手の甲で拭う僕、を気にもしてないのか荻野潮はスマホの画面を見る。 「親父じゃねーな、まだ12時回ったとこだし」 母さんでもない、そもそも母さんなら呼鈴を鳴らさないで鍵を持ってるから。だったら管理会社、って訳でもないはずだ、聖一さんと打ち合せしてるならそれこそ母さんたちが来る時間より早く来ることはない。 それなら誰だ、うちを訪ねに来る人なんて限られてるのに、と考えるうちにもう一度ピンポーンと鳴った。 「……」 体を起こして出ようとする僕、の手首は掴まれ、引っ張られるのを振り向けば荻野潮はニッと笑う。 「な、んですか」 まだ口の中にあるミルクキャンディに直前の接触がすぐに呼び起こされ、嫌悪感より先に警戒心が勝る。 そして、急かされるようにまたピンポーンと鳴るので、余程用がある来客なのかもしかして管理会社が時間間違えてしまったのかと焦る僕が掴まれた腕を引くと「弟くん」と声を掛けられた。 「出るなら、チェーン掛けよーな?」 「え? ……チェーン?」 「知らね? 防犯にフツーあるだろ、っと」 「あっ」 立ち上がるとそのまま玄関に向かう荻野潮の勝手な行動に慌てて追い掛ければ、僕が来るのを待ってた様子の荻野潮は「しー」と口元に人差し指を当てて、もう片方の手でドアノブの近くに下がってるチェーンを掛け引っ張ってついたのを確認してから僕の肩に手を置いて「がんばれ」と謎の声援を掛けるとのしのしと向こうに戻って床に座り直す。 のを見届けてると、またピンポーンと鳴った。 「……」 ちょっと、おかしい。 普通なら1回か2回くらい鳴らして出てこなかったら不在だと思って諦めるはずなのに、もう4回も鳴る呼鈴に奇妙さと、……執念のようなものを感じる。 絶対に部屋の住人が居るってわかってるような。 でもさすがに何度も鳴らされてはもうすぐ退去すると言っても近所迷惑なので、意を決して鍵を外してドアノブを捻る。 ドアを押せばすぐにガチン、と止まり、ドアチェーンを掛けたんだって思ってから隙間に向かって「ど、どちら様ですか……」と声を掛けた。 「すみません、今立て込んでるので……」 「立て込んでるって何?」 「!」 隙間から覗かせる顔に驚きのあまり、ガリッと口の中で小さくなってたミルクキャンディを噛み砕く。 もう見たくもないほど見慣れた幼馴染みの来訪に、「か、要……」と砕けたキャンディに慎重になりながら名前を呼べば、要はチャリ、と音を立てながらチェーンに手を置いた。 「どうしたんだよ、卒業式終わったらすぐ帰るし、と言うかこれ外さない?」 「や、……本当に忙しいから、ごめん」 「忙しいって何だよ、卒業したんだしどっか行こうよ。なあ、佐助、これ外して」 グッとチェーンを握り締める要に思わず首を横に振って、「用事あるから」と答えれば「何の?」と笑う要の目と合うだけでゾッとする。 「か、ん係ない、だろ……」 「どうして。もしかして何か困ってるのか? だったら俺に全部言ってくれっていつも言ってるだろ、なあ。俺たち幼馴染みなんだからさ」 困ってるならこの状況でお前が困らせてるんだって言いたいのを堪えて、「だ、大丈夫だから本当」とドアを閉めようと引く、前にガッと音を立てて要が爪先を隙間に捩じ込んできた。 「ひっ」 「佐助、俺のこと避けてどうしたいんだ?」 「……は?」 強く引っ張られ、ガチン、とまた隙間が元に戻ると要の顔は笑みを浮かべたまま優しい声色で「なあ、佐助」と呼ばれ、鳥肌が立つ。 気持ち悪い、嫌悪感に訳がわからなくて首を振りながらドアノブを掴んだ。 「大丈夫だって佐助、そんなことしなくても俺とお前はずっと一緒だったんだから心配しなくていい」 「な、に言って……」 「俺の──」 「ストーカーは妄想癖が強いって言うけど君もそーなんだな」 「は?」 肩に重みを感じて振り返る、前に後ろから腕が回ってきて口を手で塞がれる。 室内に居る人物なんて、僕以外に1人しか居なかった。 そしてその人物に要は、いつもの人当たりのいい笑みを消し去り、信じられないと言った驚愕の顔で僕、の後ろを睨み付ける。 「……何で、此処に……何で、あんたみたいな人が佐助の家に居るんですか?」 「ははっ」 「立て込んでるって……佐助、何でそんな奴、……!」 「悪いけどよ、イケメンくん。近所迷惑って君の辞書に載ってる? 今まさにそれだぜ?」 「……は!?」 見たことがない取り乱す様子の要に、荻野潮は塞いでない方の手で僕の頭を撫でた。 「何、触るなよ!」 「ははっ、何で君が言ってんの? まっつーか、アレだな、こんなとこまで追い掛けて来るなんて思いもしなかったわ、まさかそこまでイケメンくんがオレのことが好きだなんてなあ」 「……は?」 「だがしょーじきタイプじゃねーのよ君、諦めさせる為にキスしてやったのにまたキスして欲しくて来たんならマジ迷惑なんだよなー。でもそこまで熱烈に求められちゃ仕方ないキスしてやっから帰ってくれる?」 「……何、デタラメ言ってるんだ。別にあんたなんてどうでもいい、その汚い手で触るな」 どういうことだ、とドアノブを掴む手が震えカタカタと鳴るドアノブに要が目敏く「ほら」と指差す。 「佐助が嫌がってる、やめて欲しいんですが」 「イケメンくんが怖いんじゃねーの? 押し掛けホモストーカーだもんな?」 「あんたは関係ないだろ!」 「あるだろ、君よりはあるって。な、……佐助?」 「!」 初めてちゃんと名前を耳元で囁かれ、驚いて身動ぐ僕に要が「おい」とチェーンをガチャガチャ鳴らした。 ところで「おい、うるさいぞ!」と奥から声が聞こえ、隣の住人の怒声とわかって塞がれてる荻野潮の手を引っ張ればすんなりと外れる。 「っ、……要、本当に近所迷惑だから悪いけど帰って欲しい」 「佐助……」 「本当に忙しいんだ、……引っ越しの準備で」 「え」 「だから、帰って」 突然固まった要にそれだけ言い残し、するりと脱力するのを見てから慌ててドアを閉めて鍵を掛けた。 また要が呼鈴を鳴らしたらどうしようかとちょっと待ったが、しん、と静まり返ったことに、ふうと息を吐く。 と、頭に乗ったままの手に撫でられた。 「……あの、やめてください」 「ん」 すぐに離れる荻野潮に、拍子抜けしてると彼はスマホを見て「親父、あと少しで着くって」と到着時間が早まったことを教えてくれる。 それだけ言うと床に座り直すので玄関から離れる、前に一度だけドアを振り返ってからすぐに背を向けた。
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