プロローグ

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プロローグ

「お母さんね、再婚するの」と、告げられたのは中3の2月の最終週。 公立高校の受験を控えたこの時期に、と思ったけど、それでも女手1つで朝から深夜まで色んな仕事を掛け持ちしてた母さんが再婚を決意したのは喜ばしい。 母さんが楽になるならそれで良いし、相手の……彼氏と言えばいいのか、その彼氏とは何度かアパートに来てるので会釈程度に挨拶したことはあった。 身なりの良い男性は子持ちで離婚してるとか何とか聞いたような気もする、子持ち同士で再婚と言うことになるのか。そう言うのもあるだろう。 母さんが幸せならそれで、とここまで考えてから頭を掻いた。 「……良いんじゃない」 と、ぶっきらぼうにしか言えないのが僕で。 でもそんな僕をわかってくれる母さんは「ありがとう」と少しだけぎこちなく笑う、きっと僕が受験を控えてるのに再婚を決めたことに思うところがあるのかも知れない。 母さんが再婚、と言うことは、色々生活が変わるんだろうか。 それこそ苗字とか、住む場所は……ここは狭いから引っ越すだろうし。 「佐助、お会いするのは来週末になっても良いかしら?」 「良いけど……」 来週末、と言うことは入試が終わってからにしてくれるってことか。 頷けばほっとした顔をする母さんは「でも」と続ける。 「本当に、地元の高校じゃなくても良いの? 要くんと違う隣町の高校だなんて」 「……良いんだよ、その……いつまでも要の手を焼く訳には行かないし、幼馴染み離れって言うの、僕みたいな奴といると要にも悪いしさ」 「こら、自分のこと悪く言わないの。でも、お友だちから離れるのは寂しいわね」 別に、と言おうとしてそれを飲み込んでから「そうだね」と適当に相槌した。 出勤時間になったのか母さんが部屋から出ていってから、僕は口元を手で覆う。 「……寂しくなんてこれっぽっちも思わない」 だって、やっと、やっとなんだ。 要から離れられる、ずっと物心ついた頃からずっと一緒に居た幼馴染みと離れられるのだこんなに嬉しいことなんてない。 中学までは学校は選べない、でも高校は選べるのだ。 母さんの負担にならない、でも地元ではなく徒歩でも通える範囲の、隣町の公立校。 志望校がそこだと要には伝えてない、どうせ地元だと思ってるんだろう。 僕、板垣佐助(いたがきさすけ)には渡利要(わたりかなめ)、と言う幼馴染みが居た。 アパートの近所で同い年、そして親同士が仲が良いから頻繁に会う環境だった。 明るく顔が良くて器量も良くてムードメーカーで、いつも要の周りには人が居たそんな完璧な人気者。 に比べて、根暗でオタクでロクに友だちが居らず愛想も要領も悪い陰キャな僕。 不釣り合いな僕らは、それでも要がいつも僕に構い僕を悪く言う奴を注意して守ってくれようとする。 ──そんな偽善が、本当に気持ち悪い。 要は幼馴染みだから友だちの居ない僕の友だちは自分だと思ってるし、自分の友だちと仲良くしてくれたら嬉しいとか言ってくるし、遊びに誘われるし、いつでも味方で何も出来ない僕のお世話をしてくれる。 それが全部お節介で。 要なんて言う人気者の友だちなんていらないし、要の周りの陽キャたちと話すのも遊ぶのも本当に嫌だし無理だし、要が居なきゃ何も出来ないと言われてるみたいで引き立て役として接されてるみたいでそう思う度にこんなちっぽけな僕の、それでもある自尊心とか自己肯定感みたいなものが絶叫する。 本当なら感謝とかすべきなのだ、こんな僕の友だちで居てくれて守ろうとしてくれる、そんな聖人君子みたいな渡利要に。 「……絶対に無理だ」 気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い。 前はそこまでじゃなかったこの嫌悪感が増したのは、とある事件がきっかけだ。あれはもう、事件なのだ。 それは去年の10月、僕の住むアパートの入口で要はキスをしてたのだ。 キスしてた相手は名前は知らないけど、地元では有名と聞いてた2個上の、誰でも相手をする節操なしのイケメンと噂の男の先輩で。 ──何で人のアパートの敷地内で男同士、しかも1人は幼馴染みがキスしてるんだ、とか言う疑問よりも先に涌き出たのは、嫌悪感。 僕は思わず「き、気持ち悪い……っ」と声を上げてしまい、2人がそれで離れこっちを見てきたのに驚いて2人の脇を全力で走り抜けて自分の家のドアに飛び込んだのだった。 「……っ、んで、こんなとこで、男のキスなんか見なきゃいけないんだ……!」 腕を擦る、気持ち悪い、何でしかも僕の住んでるアパートの入口なんかでホモのキスシーンなんか見なきゃいけないんだ、無理だ無理、僕はオタクでBLと言うジャンルがあるのは知ってるけどそんなのは2次元だから良いのであってリアルの、しかも幼馴染みのキスシーンなんか見せられなきゃならないんだよ! そこで不快感は極限まで達してしまい、そのあと吐いてしまった。 母さんには体調不良と告げ翌日も休めば、要がいつもの調子で見舞いなんぞに来て。 「佐助、具合が悪いんだって?」なんて、白々しく部屋に入ってきた幼馴染みに僕は嫌悪感が募る。 「……具合も悪くなるよ」 「……嫌だった?」 「……はっ、」 嫌に決まってるだろ、馬鹿なんじゃないか。と言う言葉を飲み込み、見たくもない顔を逸らしながら呟いた。 「デートスポット考えた方が良いんじゃない」 「佐す」 「ごめん、具合悪いから帰ってよ」 「……、わかった。ごめん、お大事に」 パタン、と閉まるドアにため息を溢してから、「彼氏なの?」と野暮な質問をしなかったのだけ褒められたい。 それから何かにつけて用があるからと距離を置き要を遠ざけ、元から決めてた志望校がバレないようにしてた。 人気者のイケメン同士とは言え、幼馴染みが、要が男と付き合ってると思うと、住む世界が違い過ぎて僕の傍から消えてほしくて堪らなかった。 「……それも、あともうすぐかあ」 通う高校も違って、それに母さんが再婚することでこのアパートから離れられるなら、要を遠ざけることが出来る。 そのうち交流も無くなれば自然と離縁出来る、そう思うと母さんも幸せになるし僕も気が楽になれる再婚なのか。 もし母さんの再婚相手とその連れ子と反りが合わなければ、おばあちゃんに頭を下げたら引き取って貰えるだろう。 ああ、僕の第2の人生が輝かしくスタートしそうだ。
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