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「ごちそ~さまで~した~」
陸斗が勢いよく席を立つ。目の前のお皿はどれもすっかり綺麗に平らげられていた。
「好き嫌いなく全部食べて、陸斗は偉いわね」
「うん、だって僕、病気になるの嫌だもん」
そこへ以前より痩せて引き締まった慎一がジャージ姿で現れた。今ではきっぱりタバコもお酒も断っているようだ。
「あら、あなた。そんな恰好して、またジョギング?」
「ああ、夜のジョギングは最高に気持ちがいいんだ。どうだ、陸斗も一緒に行くか?」
「行く、行く!!」
美智子は大はしゃぎで夜の街へ駆けていく二人を見送ると、満足の笑みを浮かべてリビングに引き返した。それから食後のコーヒーを入れて一息つくと、あらためて感慨に耽った。
病気レンタルがこんなに効果があるなんて正直驚き。もっと早く知っていればよかった。
あれから美智子は様々な病気をレンタルしては、夜な夜な慎一と陸斗の枕元に忍ばせていた。悪夢にうなされる二人の耳元で暗示を囁くことも忘れなかった。
“一番大切なものは失って初めて気づくのよ”
今ではすっかり二人の不摂生は改善し、人が変わったように健康志向へと生まれ変わっていた。
「さてと、残りの洗濯物も回しちゃうか」
美智子は晴れやかな気持ちで脱衣所へ移動すると、洗濯籠にたまった家族の衣類を抱え上げた。そこで、敏感になった鼻腔が微かにあの忌々しい匂いを嗅ぎ取った。
嘘、まさか……
急いで衣類を漁ると、慎一のワイシャツを引っ張り出して鼻に押し付けた。
やっぱり…
抗菌消臭剤でごまかされてはいるが、シャツには確かにタバコの匂いが付着していた。
さらに胸ポケットを探ると名刺のようなものに触れた。取り出して確認すると、そこには『スナック春香』とあった。
美智子はすっかりあきれ果てた。酒もタバコも止めたと見せかけて、ちゃっかりこんないかがわしい場所に通っていたのだ。きっといい気分で酒を食らい、タバコをふかしていたに違いない。
すっかり騙された。湧き上がった怒りが脳天を貫通する。美智子は急いで家を飛び出すと、飛び乗るように自転車に跨った。
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