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「ごちそ~さまで~した~」
陸斗が勢いよく席を立つ。テーブルに並ぶ食器には野菜だけがきれいに残されていた。
「陸斗! また食べ残してるじゃない‼」
美智子が声を上げて陸斗の腕を捕まえようとする。が、陸斗はその手をするりとかわすと「だって野菜嫌いなんだもーん」と捨て台詞を吐いて、ドタドタと子供部屋に逃げ込んでしまった。
美智子は腰に手をあてたまま大きなため息をついた。
いつからか一人息子の陸斗は大の野菜嫌いになってしまった。サラダだろうが煮物だろうが野菜と名のつくものには一切手を付けなくなってしまったのだ。そのくせ、揚げ物やスナック菓子には無限に手が伸びる。ろくに運動もせずゲームばかりしているのも手伝って今や立派な肥満児だ。
視線を移すと、ソファにだらしなく寝そべる慎一の姿が目に入った。でっぷりと突き出た醜い腹がシャツからはみ出している。
この親にしてこの子あり、だ。
美智子の中に沸々と怒りが湧き上がる。
「ちょっと、あなたも何か言ったらどうなの? 大体あなたがだらしないから…」
美智子のイヤミに呼応して、慎一は体を起こすとボリボリと頭を掻いた。あからさまにゲンナリした表情を浮かべている。その態度に、美智子はますます苛立った。
「何よ、その態度は‼」
「あっ、急ぎの仕事があるんだった」
わざとらしい声を発してソファから飛び降りると、慎一は素早く美智子の前を横切って自室へ逃げようとした。美智子は逃がさない。ぴったりと慎一の後にくっついて小言を浴びせながら一緒に階段を駆け上がる。慎一がするりと自室に体を滑り込ませようとするが、扉が閉まる寸前で美智子の手がそれを遮る。瞬間、美智子の鼻腔があの匂いを嗅ぎ取った。
「あなた、まさか…」
慎一の表情が一気に青ざめる。美智子は慎一の体を突き飛ばすと、部屋の中へ押し入った。
それはすぐに見つかった。乱雑に積み上げられた漫画本の奥に転がる無数の空き缶。今流行りの高アルコール度数のストロング缶だ。その一つを手に取ると、美智子は怒りで血の気が引くのを感じた。
空き缶の飲み口には明らかにタバコを揉み消した痕跡があった。
「家の中ではタバコを吸わない約束でしょうが‼」
美智子は般若の形相で空き缶を握り潰す。
「あ、いやあ、ベランダは最近寒いから、ついさ…」
へらへらと卑屈な笑みを浮かべて言い訳をする慎一。美智子は怒りを通り越してすっかり不安になった。
家のローンに陸斗の教育費…、慎一にはこれからもバリバリ働いてもらわないといけないっていうのに…。この男は自分の健康に対して、どうしてこうも無責任でいられるのか。
慎一を睨みつけながら、ふと、美智子はあることを思い出した。それは三日前の奇妙な出来事だった。
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