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やると決めてからはあっという間だった。実際に就職する訳ではない、必要なのは内定を得られたという事実だけ。自分で会社を選ぶ必要性も感じられず、適当に名のある企業をピックアップして、あとは父の秘書である鈴木に用意させたダーツで決めた。鈴木は呆れていたが、俺に意見することはなかった。
企業を決めてから、初めて書く履歴書には俺の輝かしい学歴を添える。写真も何枚も撮り直して、俺が一番美しく見える物にした。
そしてそんな完璧な履歴書で、そこらの企業の書類選考に落ちる訳がなかった。武勇伝の第一歩だ。
次は面接だ、此処まで来れば受かったも同然である。この日の為に仕立てたブランド物のオーダーメイドのスーツを着こなして、鈴木の運転する高級車で面接会場である本社へと向かう。その道すがら、俺は漸く面接についてスマホで調べることにした。
どうやら面接というものは、自己アピールだけでなく志望動機も聞かれるらしい。だが、勿論そんなのある筈もない。それどころか、具体的な仕事内容すら、実際に働くことはないのだからとあまり詳しくは調べていなかったのだ。
「企業名……人材派遣会社『ハッピースマイリー』ねぇ。人材派遣って、何するんだ?」
「人材を派遣しますね」
「人をレンタルするってことか?」
「まあ、簡単に言えばそうなりますね」
「ほう? 人を使うのに長けたこの俺にぴったりだな!」
「はあ……この場合、受かればスバルさんが使われる側になるのですが……。まあ、頑張って下さいね」
「言われずとも、この俺に不可能はない。必ず合格の二文字を持ち帰るさ」
良くわからないが、まあ、何とでもなるだろう。複雑そうな鈴木からの応援を受け車を降り、根拠のない自信を引っ提げて、面接会場となる建物へと足を踏み入れた。
この建物は今日受ける企業の本社らしい。父の経営するものと比べ小規模だったが、清潔感もあり職員は皆笑顔で中々良さそうな会社だ。
案内されるまま廊下を進むと、待合室にはスーツを着た若い男が先に居た。椅子に座る彼もまた、面接を受けに来たのだろうと視線を向ける。
しかしどうにも冴えない男だ。野暮ったい前髪と眼鏡で、顔は良く分からない。スーツは新しいものの、身体には合っていないようだった。同い年くらいにも見えるのに、普段周りに居る洗練された面子との差に、思わず顔をしかめてしまう。
「……あの、何か?」
不躾な視線に気付いたのだろう、男はのそりと此方を見上げた。俺は咄嗟に愛想笑いを返す。
「いえ、あなたも面接に?」
「はい。あ、僕は佐藤といいます。この企業が第一志望なので、緊張してます……」
「神楽坂です、お互い頑張りましょう」
最低限の挨拶をして、先に面接に呼び出された佐藤という男は、軽く頭を下げて行ってしまった。
受けるのは二人だけなのか、佐藤の前にも誰か居たのか、俺の後にも誰か来るのか。手持ち無沙汰に無人となった周囲を見渡す。
一人待っている時間が退屈であれこれ考えてしまうが、佐藤のように面接前に緊張するということは無かった。
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