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プロローグ
「私達、ずっと一緒だからね」
幾度と無く耳にした、最愛の恋人『音亜』の愛情。
毎日のように確かめあった恋心と、お互いの温もり。
これから先の未来、俺は音亜と結婚して、子供を作って、老いていく。
とても普通で酷く退屈な人生。
だけど何よりも尊い、平和な日常を俺達は送っていく筈だった。
けれど、そんな彼女はいとも簡単に────
「ね……あ……?」
「カズく…………」
俺の前から消える事となってしまった。
ほんの少しの時間、たった数分で……音亜は……。
「……………………なんだよ……これ……」
冷たくなってしまった、死んでしまった、ただの肉塊となってしまった。
ほんのちょっと目を離した隙に、彼女は車に轢かれ、この世を去ったのだ。
恋人の心に傷を残して……。
相手のドライバーが何度も謝るが、そんなものどうでも良かった。
彼女の親が泣き崩れていても、俺の心は揺さぶられなかった。
彼女を失った喪失感によって、きっと誰かを想う感情が死んでしまったのだろう。
音亜の死と共に、俺は別の意味で死んでしまったのだ。
「…………ここは……」
そんな状態でフラフラと彷徨っていたからか、ふと気が付いた時には、島唯一の神社へと辿り着いていた。
神社の名は時姫神社。
『時姫様はとある青年に恋をした。 だが相手はただの人間。 神と人とでは身分から存在性からなにもかもが違い、誰からも受け入れて貰えなかった。 しかし二人は恋心を断ち切れず、いつしか隠れて愛を育むようになりました。 それは二人にとってとても幸せで尊い時間。 だったが、そんな二人を突然の死が引き裂いてしまう。 青年の死に時姫は三日三晩泣き続けた。 そんなある日、時姫様はふと思い立つ。 自らの力、時を遡る力を用いて彼を救えるのでは。 その結果、自らの力を、命を失おうとも……』
という逸話が残されている、時姫様が奉られた神社だ。
「なんで俺はこんなところに…………。 あ……そうか……」
自分の右手に握られた何かを見て、ようやく思い出した。
この神社で自殺するためにわざわざ来た事を。
「なぁ、時姫様……。 あんたは本当に過去を遡れる力があるのか? ……だったら頼む、俺に力を貸してくれ……! 代わりに、俺なんかの命で良ければいくらでもくれてやるから……!」
そして俺は賽銭箱の前に力無く膝を落とすと、自らの首筋にナイフの刃を当て……。
「だから……彼女を…………音亜を助けてやってくれ、神様! あいつは本当に良いやつなんだ! 誰にでも愛想がよくて、都会に居るのが苦しくて逃げ出した俺なんかに付き合ってくれる、本当に優しい女性なんだ! そんな音亜に理不尽に死ぬなんて、絶対に間違ってる! だから……お願いします、神様。 あいつを……最愛の彼女を助けてやってくれ……。 俺の血と引き換えに……」
首をかっ切った。
「…………ぁ……」
際限無く傷口から溢れる深紅の液体。
気道を血液が塞ぎ、呼吸困難となり、段々と意識を薄めていく。
痛みはもう殆ど無い。
感じるのは、冷たくなっていく感覚と真っ白になる脳裏、朧気になっていく視界のみ。
けれどそれすらもやがては虚無となり、唯一機能していた視界すらも、暗黒に飲み込まれた。
自らの死と共に…………。
だがそれは、更なる苦しみを味わう為の儀式、序章に過ぎないことを、俺はこの時まだ知らなかった。
まさか本当に幾度となく時を繰り返そうとは……。
数えきれないほど恋人の死に直面する事になるとは、この時の俺はまだ何も知らなかったのである。
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