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10.
朝日をうけて覚醒しかかっていたかずさは、また胸が重たいことに気づいた。
またミクか、と思い文句を言おうと目をあける。
しかしその日そこにいたのは、ハチワレの猫だった。
「よすがさん?」
飼い猫のよすがさんは一瞬じっとかずさを見たような気がしたけれど、すぐにまた目を閉じてしまう。
「なんだ、おれのとこに来るなんてめずらしいな」
その額をやさしくなでて、かずさはまた目を閉じた。
「よすがさん、最近妙におれになついてくるんだよな」
そう言ったかずさは、めずらしくうっすら微笑んでいるように見えた。
「うれしいけど」
と、次に続いた台詞でそれがたしかめられる。
「うれしいんだ」
「そりゃまあ」
「たぶん──」
「?」
「よすがさんは、ぼくのにおいがするのがいやなんだと思う」
「……するのか、におい?」
言われたかずさは腕をにおってみたけれど、すくなくとも自分では全然わからなかった。やはり人間の嗅覚ではわからないのかもしれない。
「ちかごろ、よくいっしょにあそんでるからね」
「よすがさんは、あんたがいるのが嫌ってこと?」
「ねことぼくらは、けっこういろんな局面でライバルになるから。いぬよりぼくらのことを好きじゃないと思う」
「ライバル?」
「えものをあらそったり、とか」
「へえ」
「よすがさんは、かずくんのことも自分のものだと思ってるんだよ」
「たしかにまあうちの猫だし、つまりおれたちはよすがさんの人間だろうな」
「かずくんは、ぼくのものなのに」
「違うよ」
「えー。ちがうの」
「違うよ」
「ちがうんだ。しょんぼりだ」
そう言ったミクはほんとうにしょんぼりした背中になってきたので、かずさはあわれになってやさしくなでてやる。
「ぼくはかずくんのものだよ」
と、顔を上げて言った。
「いや、それもいらないよ」
「いらないの」
「いらない。あんたはあんたのものだし、おれはおれのものだ。じゃないとダメだと思う」
「──そっか」
「うん」
「そっか」
「ねこといえば、ぼくのいとこにばけねこと付き合ってるひとがいるよ」
「──ツッコミどころがいくつかある」
かずさは、思わず天を仰ぐようにした。
「化け猫。存在するの」
「って、本人は言ってたよ。ぼくも会ったわけじゃないからほんとにほんとかどうかはわからないんだけどね」
「こびとどころか妖怪も実在するのかこの世には?」
「まあぼくらとしても、いると言われている、ってていどの認識かな。ぼくもそうぐうしたことはないし、知り合いの中でもそんなこと言ってくるのはそのひとだけだし」
「ふうん」
「でもほら、きみらヒトにとってはぼくらこびとも“存在しないもの”でしょ。ぼくらときみらもちょっと位相がちがう感じだし、ようかいもぼくらとはまたちょっとちがう位相にそんざいするのかもしれないよね、とは思う」
「イソウ?」
「あれだよ、スタートレックでやってたやつ」
「いや、おれ、見たことない」
「そうなんだ。あれ。じゃあ見てたのタイちゃんだけか」
「ひとの父親をちゃん付けで呼ぶなよ」
「だっておばあちゃんがそう呼んでたし」
「うちのばあちゃんもあんたのおばあちゃんじゃないからな」
「ほとんど家族みたいなものなのに」
「勝手にな」
「ん。勝手に」
「で、位相が違う、ってなに」
「異次元とか別バースとかっていうのはわかるでしょ」
「ああ」
「そのべつの次元ってほどべつじゃなくて、いくらか重なっている部分もあるけど、ぜんぶがいっしょじゃなくて、ところどころ同じ世界で、ところどころ同じじゃない世界、みたいな感じ?」
「わかるような、わからんような」
「レイヤーがちがう、みたいな」
「あー」
「ヒトと、こびとと、ようかいと、おなじ世界なんだけどちょっとずつズレたところにそんざいしていて、ふだん出会うことはないけれど、ときどきなんかのひょうしに出会うのかもなって。ぼくのいとことばけねこさんや、ぼくときみみたいに」
「まあ、わかる気はする」
「ま、ぼくのいとこに関しては、ばけねこって言ってるだけでほんとはただのねこかもだけどねー」
「それはそれで未知の世界なんだけど」
「ヒト以外の動物とはわりと交流があるんだよ」
「交流っていうか、付き合ってるんだろいとこ」
「うん。ねこのおちんちんってトゲついてるらしいよね。痛そう」
「よせ」
「ちなみにいとこって言うのは、スティッチ方式だから、そこまで近い血縁ってわけじゃないしんせきです」
「リロ&スティッチも勝手に見たんだ」
「見た。ちなみに好きな試作品は607号かな?」
「べつに聞いてないんだけど」
そこでかずさはふと気づく。
「っていうかそれルーファスだろ。キム・ポッシブルも勝手に見たのか」
「見ましたー」
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