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2.
遮光ではないカーテンから漏れる朝日のひかりを感じて、意識が覚醒しだす。
胸のあたりが重たい。
めずらしく、よすがさん(飼い猫)が乗っているのだろうか。そう思ってかずさは、彼女を落とさないよう気をつけて目をさます。
すると──
「おはよう、かずくん」
「ってあんたかよ!」
思わずツッコんだかずさが急に動いたので、ミクは胸の上から転がり落ちた。
とはいえさすがの身軽さで、うまく着地する。
かずさは一気に目がさめた。
「人間に見つかっちゃいけない話はどこ行ったんだ」
「だってもう見つかっちゃったから、いいかなって」
正座したミクが、ちょっと腹立たしい感じに小首をかしげた。
「かずくん今日おやすみでしょ? いっしょに遊ぼ?」
「遊ぼ?じゃねえよ。開き直りがすぎる。怒られたりしなかったのか」
「まあ、バレなきゃいいんだよお」
「あ。そう──」
「遊んでー」
そう言って無邪気に笑うミクを、かずさはふとんにつきとばした。
朝ごはん食べ、出かけるしたくをしたかずさは、しろとともに散歩に出た。
ミクはしろに騎乗している。動くとこ乗ったの初めてーとはしゃいでいた。
しろは大丈夫かと様子をうかがったが、平気そうだ。なんとなくすこし誇らしげにも見えた。
いい子だ。なでなでしておく。
そうなると、ミクがうらやましく思えてきた。でっかいわんこの背には誰だって乗ってみたいというものだ。
「どこ行くの?」
と、ミクはしろの背で顔を上げ、かずさを見た。
「さあ。どっか、あんまり人のいないとこに」
「ぼくと、ふたりきりになりたい?」
「いや、人がいるところだとおれが虚空に話しかけるやばいやつみたいになるだろ」
「そっかー」
「それに、あんたの仲間もうちのあたりにいるんじゃないの。バレたら困るのはそっちじゃない」
「あ、そっか。かずくんかしこい」
「フツーだよ」
「ぼくが怒られないように気をつけてくれてるんだ。やさしいねえ」
どこまでも続くような田園風景の中を歩いて、裏山のふもとにある空き地にたどり着く。
ミクは誰か来たら隠れようと思っていたものの、そのあいだ結局誰とも会わなかった。田舎道だ。
かずさがリードをはずしてやると、しろはうれしそうに駆け回りだした。
持ってきたボールを投げる遊びもした。投げたボールを持ってかえってきたら、たくさんほめてやる。そもそもここまでミクを乗せてきてくれたことに対する感謝も上のせして、たくさんなでた。
ミクは、せっかくだからと全力で走るしろの背中にも乗ってみたけれど、それはさすがに気持ち悪くなったので早々にあきらめた。
「ぼく、このへんに来たの初めてだよ」
「なにもないしな。しろが走るにはちょうどいいけど」
「ぼくら、きみたちよりちいさいから、そこまで日常の移動範囲は広くないんだよね」
「そうか」
「ふたりっきりだね」
「しろがいるだろ」
「そうだった」
しろがあるていど満足したところで、人間の方の体力が先に尽き、ふたりは空き地のはしになぜかおいてある古ぼけたベンチに座る。
かずさは、ななめがけのバッグからゲーム機をとり出した。
コントローラーをとりはずし、画面を立てる。そして、ふたつあるコントローラーのうち片方をミクにさし出す。
ミクは、かずさを見上げて、首をかしげた。
「遊ぼうって言ったのあんただろ?」
そう言われると、かがやくような笑顔を見せた。
かずさが選んだのは、ボタン操作がそこまで複雑じゃないファミリーゲームだった。
それでもミクの大きさでは操作に体力を要する。
しかし、からだをめいっぱい使って操作して、意外といい勝負をした。
かずさは、こびとは思ったより体力があるのだなと思った。おおきさをそろえたらアリの方が人間の何倍もちからもち、みたいなことだろうか。
「つかれたー」
ひとしきり遊ぶと、ミクはぺたりと座り込んだ。
「さすがにちょっと無理があったか」
「でも楽しかった。ゲームするの初めて。いつも見てるだけだったし」
「そうか」
「それに、かずくんがほんとに遊んでくれてうれしい」
ミクがほんとうにうれしそうにするので、かずさはすこし照れくさいきもちになる。
誤魔化すように乱れた髪を撫でつけてやると、彼はきもちよさそうにしてまたにっこりと笑った。
「おやつにする?」
かずさはバッグから小分けパックのこつぶなスナックを出して見せた。
「うん」
「じゃあ手ふいて」
ウェットティッシュも取り出す。
「かずくんえらい」
「はいはい」
手をふいて、パックを開ける。ちいさなひとつぶを取り出して、ミクにわたす。
「この大きさでもまだでかいか。もうちょい割る?」
「ううん。へいき」
ミクはそれを受け取った。人間でいうとバレーボールくらいの大きさに見えた。
「おっきい。うれしい。いただきます」
「どうぞ」
うながされて、ミクはそれをかじる。
「ひとのおかしはおいしいねえ」
と、もぐもぐしながら言った。
「身体に悪くないていどにしとけよ」
「だいじょうぶだよー」
「歯、頑丈だな」
「そうかな?」
彼が一心不乱に食べるのを見て、かずさも袋をかかげて残りの中身を半分くらいを口に流し込んだ。
奥歯で噛むと、ぼりぼりと砕ける音がする。
「かずくん、ぼくのためにわざわざちいさいおかし選んでくれたんだね。ありがとう」
「家にあったんだよ」
かずさの言葉に、ミクはただにっこりと笑った。
「かずくん、なんでぼくと遊んでくれたの。無視してもよかったのに」
おやつも食べ終わり、すっかりリラックスして、ミクはたずねた。
「ぼく、もしかしたら子供をさらう悪い妖精のなかまかもしれないよ。気をつけなくちゃ」
「悪い妖精なのか?」
「ちがうけど」
「違うんだろ」
「うん」
かずさは、すこし思案するようにした。そして、
「──顔が好みだから」
と、言った。
「ほんと? うれしー」
「冗談だよ」
「えー」
「なんさか──」
「うん」
「その方がいろいろ面白そうかなって思って」
「──そっか」
「うん」
「そっかあ」
ミクはなにを納得したのか、そう言いながら何度かちいさくうなづいた。
それから思い立ったように、パッとかずさを見る。
「それはそれとして、顔も好みだって思ってほしいなー」
「うるせー」
「ふふ」
きれいひとだとは思っていた。最初から、ずっと。
すなおに口にするのはなんとなくくやしいような気がして、かずさがそんな風に言うことはなかったけれど。
好みかどうかはよくわからない。
でも、失いがたく思い始めてはいるのはたしかだと思った。この、ちいさなふしぎを。
「ぼくは、かずくんの顔好きだよ」
「聞いてないんだけど」
「かずくんのこと、好きだよー」
「聞いてないよ」
「じゃあね」
「うん」
かずさの家のお昼ごはんの時間も近づいたので、家に戻って、犬小屋のところで解散となった。
「またなんかほしくなったら来るよ」
ミクは茶化すように言う。
「いじきたない」
「ふふ」
「今日はなんかもらえたのか?」
「かずくんとの楽しい時間」
「はは」
「ほんとだよ」
「そうかよ」
「また遊ぼうね」
「あんたが怒られなきゃな」
「うん。バレないように気をつける」
にっこり微笑んで、
「かずくんに会えなくなったらかなしいもんねー」
と言った。
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