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5.
「たんさん、ほしいな」
「たんさん? サイダー?」
「単3でんち」
「ああ、そっち」
「うん」
「電池とか、なんに使うんだ?」
「いろいろね。ぼくらもそれなりにハイテク化してるんだよ」
「現代のこびとの暮らしが気になる」
「見せてあげたいけど、さすがにうちに入れてあげられないからなあ」
「大きさはどうにもならないもんな」
「まあ、絶対じゃないけどねえ」
「え」
「からだのおおきさを一時的に変えられるという秘伝のおくすりがあるんだ。うちの神棚に」
「神棚あるんだ」
「あるんだよ」
「めちゃくちゃうさんくせえ」
「でも、ほんものだっておばばさまが言ってたし」
「そうかー」
「おばばさまは製法も知ってるらしいし」
「ますますうさんくさい」
「ほんとだもの」
「誰か使ったことあるの」
「ぼくの知りあいでは、ないけど」
「おばあちゃんも?」
「うん。有事の際にしかつかっちゃダメだって」
「まあ、そう言うだろうけど」
「いや、そういうオカルトな理由じゃないんだよ」
「おれからしたらそもそもあんたらの存在からしてオカルトだけどな」
「材料をそろえるのがたいへんであんまり量をつくれないから、乱用しないようにって」
「なにが要るの」
「あっちの山のうえのほうにだけはえてる白いお花があって、それをとりに行くのが、ぼくらにはちょっとたいへんだから」
「ふうん」
「しんじてないな」
「まあ、ほぼ」
「ほんとなのに」
「それで、おれらが小さくなるの?」
「ぼくらがおっきくなるほうが主なんだけどね」
「おっきくなるんだ」
「うん」
「そうか」
「どっちでもいいけど、ぼくもかずくんとおなじくらいになってみたいな。そしたら、きっともっといろんなことできるのにな」
「いろんなこと?」
「うん。いろんなことー」
「あんた、あんまりおれを利用しすぎないほうがいいよ」
「……ぼく、なんかやなことした?」
「そうじゃなくて、おれもずっといてやれるわけじゃないからさ」
「どこか行っちゃうの?」
「今は行かないけど、というか高校生くらいまではいると思うけど、大学とかになったらどうしてもどっかもっと大きな街へ行かないといけないし」
「ああ──都会へ行くんだ」
「まあそういうこと」
「都会かー。ぼくも行ってみたいな」
「行きたいのか」
「うん。テレビでしか見たことないものがたくさんあるから。見てみたいなーって思って」
「それは、おれも同じだな」
「なに見たい? ぼく、ガンダムとか見たい」
「それはおれも見たい」
「大学生になったら、ぼくもいっしょに都会につれてってくれてもいいよ。ひとりでさみしくならないように」
「ならねーよ」
「えー」
「いや、なるかもしれないけど」
「うん」
「でも、無理だろ」
「やだ?」
「というより、あんたら、森からはなれたら生きていけない、みたいなのないの」
「ああ、それはないよ。むかしから都会で暮らしてるひとたちもいるみたいだし」
「へえ」
「都会のほうが安定した暮らしができたりするから」
「そうなんだ」
「田舎のねずみと都会のねずみってやつだよ」
「それ、都会の生活はつらい、みたいな話じゃなかったっけ?」
「あれ。じゃあ史記かな?」
「司馬遷の? あんた、意外といろいろ人間の文化知ってるんだな」
「まあね。ヒトのことを知るっていうのも、ぼくらが生きていくには重要なことなんだよ」
「そうか」
「ふたりで都会に行ったら、こっそりしなくてもかずくんと遊べるよ」
「おれが、他に楽しみを見つけて、あんたに興味をなくすかも」
「えー、都会の絵の具に染まっちゃうの」
「そう」
「そうかあ。でもはなればなれになったらますますぼくのことなんか忘れちゃいそうだし」
「かもな」
「やだなー」
「うん────……ナルニアに行けなくなるって嫌だな、とはおれも思ってる」
「ああ。スーザン」
「そう。いつかあんな風になりたくないなって、ばくぜんと、思ってたりはするよ」
「とか言ってみたものの全然大丈夫って場合もあるだろうけど」
「だといいなあ。忘れられたくないもの」
「そっちがおれを忘れるかもしれないし」
「え?」
「都会のこびとと仲良くなってさ、都会のこびとはどんな暮らしをしてるのか知らないけど、人間のガキにちょっかいかけてるより楽しいかもしれない」
「えー。そんなことないよお」
「都会の暮らし、知らないだろ」
「でもかずくんを忘れたりしないよ。かずくんはぼくの家族だし」
「家族?」
「いっしょに住んでる」
「勝手にな」
「あかちゃんのときから知ってるし」
「勝手になー」
「ぼくは、おにいちゃんだもの。おにいちゃんは下の子を忘れたりしないでしょ」
「おにいちゃんだったの」
「ぼくのほうがちょっと年上だし」
「ふうん?」
「おにいちゃんって呼んでもいいよ」
「呼ばねえよ」
「えー」
「呼ばれたいの」
「どっちでもいいけど、たまにはそういうのもいいかなって」
「あっそう」
「ぼく、忘れないからね」
「──うん」
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