ご近所のこびと(全年齢版)

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6. コンコン お風呂場の窓が鳴った。 くもりガラスのむこうには、なんかわかる気がするちいさな、ほんとうにちいさな。 「あーけーてー」 聞きおぼえのある声だ。 のほほんと湯船につかっていたかずさは、仕方なく立ち上がって、窓をすこしだけ開けた。 ミクが身体をすべりこませたのを確認して、閉める。 「なにしてんの」 湯船に戻りながら尋ねた。 「おふろ、ぼくも入れて?」 「おれのプライバシーは」 「はだかのおつきあい、とか、したいなーって思って。だめ?」 「いかがわしい言い方すんなよ」 「いかがわしいこと、する?」 「しないよ」 「ざんねん」 かずさは結局いっしょに入ることには承諾した。どうしても拒否するような理由は特に思いつかなかったので。 ミクはまず髪をまとめあげる。器用にくるくるとして頭の上のほうで留めた。 長い髪がゆらゆらとしていないところは初めて見るすがたで、なんだか新鮮だった。 それから服を脱ぎだす。 かずさがなんとはなしにそれを眺めていると、ミクがこちらをむいて動きをとめた。 「服ぬぐとこ見たい?」 「いや、見られたくないなら見ないよ」 「うーん。見られたくないってわけじゃないけど、がっかりされたらやだなって思う。かも」 「がっかり?」 「ぼく、女の子じゃないし」 「知ってるよ」 「でも実際まのあたりにしたらやっぱがっかりしちゃうかもだし」 「しないと思うけど。どっちにしろはやくして。おれだってそんな長風呂できないからね」 そうは言いながらも、かずさはミクが服を脱ぐところを見ないようにしてやった。 ミクは言われたとおりすばやく服を脱いで、お湯に入る。入浴剤でにごった白いお湯だ。 「あったかーい」 「深いよ。おぼれるな」 「うん。だいじょうぶ。ぼくちゃんと泳げるし」 「ならいいけど」 「おっきなおふろで泳ぐときもちーねえ」 そう言ってお湯の中をふよふよと進むミクの泳ぎは、平泳ぎと古式泳法のあいだのようなすこし変わった泳ぎ方だった。 「行儀が悪いな」 「ぼく、ヒトじゃないからね」 「つごうよく人外ぶって」 「人外だもの」 得意げに言うのがなんとなくムカついたので、お湯をはじいてかけてやる。 「にゃっ」 たいした量ではなかったけれど、ミクはお湯の飛沫(しぶき)に反射的に目をとじた。 「いじわる」 「なんかむかついた」 「えー」 「にごり湯だから、かずくんのはだか見えなくて残念だなあ」 「へんたい」 「ふふ」 ミクは、かずさの胸元に寄って手をつく。 「かずくんは、ぼくのはだか、興味ある?」 「そりゃまあ。なくはない。こびとの身体がどうなってるのか、知らないし」 「だいたいはヒトと同じだと思うよ。構造はちょっと違うかもだけど、見た目はね」 「そうか」 「羽があったりしっぽがあったりおちんちん2本あったりもしないし、入れられるもあるよ」 「……それは出口だろ」 「そうとも言う」 「見たのかクレヨンしんちゃん」 「ふふ」 「思春期のガキに雑に繊細な話題ふるのはやめろよ」 「さわっても、いいんだよ」 その微笑みにかずさは、油断している、と思った。 言われるままに、手をのばす。 肩甲骨。 「たしかに、羽はない」 「うん」 下におりる。尾てい骨。 「しっぽも、ない」 「ん」 かずさはくりかえし背中を撫ぜた。 ミクは、含味するように目をすがめる。 「えっちなことする?」 「できもしないことを言うなよ」 「いろいろできると思うよ。出口、も、つかえるよ」 「いや。無茶言うな」 「ぼく、きみが思ってるよりからだやらかいんだ」 「やわらかい、くらいで」 「ためしてみる?」 「ためさないよ」 「ふふ。ざんねん」 「したいの」 「うん。そう。身も心もかずくんのものになりたいからぁ」 「ふうん?」 その言葉を裏づけるように、ミクは背中を撫でられるたびきもちよさそうにみじろいだ。 「おれにさわられるの、好き?」 「ん。すき」 「そうか」 「ちゅーしたいなあ」 と、手をのばす。 とろけるような表情。うすく色づく肌と、はりつめたような胸元が彼の高揚を視覚的に伝えていた。 かずさは要望にこたえて顔を近づける。 そっとくちびるをおしあてた。 彼のめがねが、かちゃりと鳴る。 「わ。かずくんが、してくれた」 「やだった?」 「うれしいんだよー」 ミクはかずさのほおに指をそえて、今度はみずからくちびるをあわせた。 「そういやあんた、メガネ大丈夫なの。湿気とか」 「だいじょうぶ。そこそこ防水?だし」 「そうか」 かずさは、彼のすこしズレためがねを直してやる。 「目、そんな悪いの」 「そこまでではないけど。いちいちはずすのもめんどくさいからあんまりはずさないね」 「怠惰」 「むずかしい言葉知ってる」 「七つの大罪のひとつだ」 「ふふ。ほかも知ってる?」 「知ってるよ」 「そっかあ」 「そろそろ出なきゃ。のぼせてもいけないし」 「んー。やだ」 「わがまま言うなよ。おにいちゃんだろ」 「もっとかずくんといちゃいちゃしたい」 「ビッチ」 戯れでののしられても、ミクはただたのしそうに笑っただけだった。
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