A・C・A【オートニューマス・チョンマゲ・アクション:全自動丁髷活劇】

1/2
7人が本棚に入れています
本棚に追加
/14ページ

A・C・A【オートニューマス・チョンマゲ・アクション:全自動丁髷活劇】

隅田川沿いの夜風は何処か生温く、肌に纏わり付くようなその重みは仄かな官能を醸すようだった。 嘗ては「東京」と呼ばれていたこの街。 夜の帳が街の彩りを黒き帳の中へと覆い隠す中、その湾岸道路を一台の黒いオープンカーが疾駆していた。 その車のハンドルを握っているのは三十歳前後の鯔背(いなせ)な男であった。 仕立の良い大島絣のスーツを纏ったその身体は細やかなれど確かな肉付きを感じさせるようで、その男の印象を黒豹めいたものにしていた。 そして、その頭は一際目を引くものだった。 青々しく剃り上げられた月代(さかやき)には黒く艶やかな丁髷(ちょんまげ)が鎮座している。 鎮座する丁髷(ちょんまげ)の数は三本であった。 椿油をしっとりと湛えた三本の丁髷(ちょんまげ)は夜空の煌めきをそのまま封入したかのように艶やかであった。 丁髷(ちょんまげ)の男の名は伊勢屋清輝。 「事件屋」と生業とする男だ。 「ネオお江戸」の治安は言わずと知れた奉行所が担っている。 江戸の昔は南町と北町の二つの奉行所で事足りていたものの、明治、大正、そして昭和を経て発展したこの町の治安を二つの奉行所で担うことは到底叶わぬものとなっていた。 それ故、昭和の御一新以降は「青龍・朱雀・玄武・白虎」の四奉行所制度が採られていた。 嘗てはお白州にて奉行が行っていた裁きについても、現在ではAI奉行が導入され、過去の膨大な判例などの蓄積されたデータに基づいて公平かつ迅速な裁きが行われていた。 街の治安を守る実働部隊たる岡っ引きについてもロボット化が進められた。 嘗て名声を馳せた伝説の岡っ引きである「黒門町の伝七」或いは「神田明神の銭形平次」をモデルとしたAIを搭載した岡っ引きロボ部隊が導入され、「ネオお江戸」の治安を見守っていた。 「ネオお江戸」の街中にて岡っ引きロボが不逞の輩を見出したならば、その者を超電磁十手でたちまちのうちに昏倒させて捕縛し、その罪状を超々高速暗号化WiFiにてAI奉行に転送する。 AI奉行は0.005秒で裁きを下し、それを岡っ引きロボに転送する。 軽い罪状の場合、岡っ引きロボは咎人の額にナノマシン刺青を施す。 「犬」とか「猫」とか、或いは「河豚」などと額に刺青を施された者を見掛けたことがあるかと思うが、それは軽い罪を犯した者の証なのだ。 勿論、ナノマシン刺青なので、一定の期間が経過したなら自動的に消滅するようになっている。 なお、極めて重い罪状の場合は、その場にて打ち首獄門に処せらることもある。 超電磁日本刀にて斬り落とされた罪人の首は瞬間的に炭素(カーボナイト)凍結され、半永久的に晒し首とされる。 そのようにして、科学の力で「ネオお江戸」の治安は守られていたのだ。 しかし。 如何に世が移ろおうとも、奉行所の目を盗み悪事に励む輩は絶えぬものなのだ。 如何に岡っ引きロボが高性能となろうとも、それも所詮は人の造りしもの。 必ず何処かに欠点が存在する。 その欠点を突いて目を欺く方法は遅かれ早かれ必ず編み出され、そして巧みに悪事を働くものは必ず存在する。 そして、如何にAI奉行と言えども、上に立つ「ネオ幕府」の役人が賄賂によって判定パラメータに手心を加えれば、その裁きにも歪みが生じてしまうのだ。 それ故、裁かれることのない「悪」は必ず世に在り続けるのだ。 そんな裁かれることのない「悪」を夜陰に乗じて血祭りに挙げるのが、所謂「事件屋」なのだ。
/14ページ

最初のコメントを投稿しよう!