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伊勢屋清輝が今宵に狙いを付けた「悪」、それは「ヒロポン入り団子」の密売業者であった。
言うまでもなく、団子は庶民にとって心の友と言わんばかりの癒やしの源泉である。
「花より団子」との諺が示すように、古から日本人の心を捉えて放さぬ桜の花にも勝るのが団子なのだ。
「ネオお江戸」の街中には二万を超える団子屋が存在すると言われている。
毎年のように千を超える店舗が新規に参入し、それとほぼ同数の店舗が廃業しているとも言われている。
団子屋業界は、斯様な激烈極まりないレッドオーシャンであるとも言えるのだ。
そんな団子戦国時代の徒花とも言えるのが、「ヒロポン入り団子」なのだ。
「ヒロポン」は昭和時代に日本軍が戦地における興奮剤として開発し、そして部隊に配布していたものであったが、昭和のご一新に伴う軍縮によって、その在庫の一部が密かに民間へと流出していた。
ご存知の通り、「ヒロポン」には依存性があり、一度これを服用してしまうと、それ以後はこれ抜きで生きることが出来なくなってしまうのだ。
昭和初期にはヒロポン中毒者の悲哀を面白可笑しく歌った「ポン中音頭」が多いに流行ったが、それだけ「ヒロポン」の害悪が世の中を蝕んでいたことの証左と言えるだろう。
そして、恐るべききとに、団子戦国時代の苛烈な競争下において、一部の悪徳団子業者は「ヒロポン入り団子」を開発し、それを販売していたのだ、
「ヒロポン入り団子」を一度でも口にしたものは、もう他の団子は口に出来なくなってしまう。
「ヒロポン入り団子」を買った店にて、延々と団子を買い続けなければならないのだ。
団子が如何に庶民的な価格であろうとも、毎日何度も買い続けていては金も持たない。
それ故、「ヒロポン入り団子」中毒者となった金の無いうら若き娘が、団子欲しさに団子屋に身体を許すといった痛ましい事件が続発したのだ。
団子への執着故、己の純潔を穢したことを気に病み、自ら命を断つという哀しい事件が起きることも珍しくは無かった。
然れど。
その悪徳団子業者が裁かれることは無かったのだ。
悪徳団子業者は「ネオ幕府」の上層部に賄賂を送り、事件のもみ消しを図った。
「ヒロポン入り団子」が市中に出回ったことについても、団子工場にて一部の不心得な工員が愉快犯として独断でヒロポンを混入したと言い張ったのだ。
鼻薬を嗅がされた「ネオ幕府」の上層部はAI奉行の判定パラメータに手心を加え、それ故、悪徳団子業者はごくごく軽い処分で済まされてしまったのだ。
そして、事もあろうに「ヒロポン入り団子」は依然として、密やかに市中に出回っていたのだ。
「ヒロポン入り団子」の所為で娘たち、あるいは息子たちを失った者達は復讐を誓った。
彼らはなけなしの金を集め、そして恨みを晴らすことを託したのだ。
密やかに世の悪を処断する「事件屋」へと。
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